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年初め「はじめの一行。」展

―2016年始めの企画
visit:2016/01/06
§ 小説本の書き出しだけで選んで借ります

年末年始は、中身をわからないよう袋に入れ、中身を示すヒントやキーワードだけで選んで借りる「本の福袋」企画を多くの図書館で開催しています。2015年度の年末年始には練馬区でも稲荷山春日町小竹貫井光が丘南大泉南大泉分室の7館で実施するとの告知が練馬区立図書館HPに掲載されていました。

そうした都内の公立図書館の2015年度福袋企画一覧を調べてサイトにUPしたところ、ご覧いただいた方から「大泉図書館でも中身が秘密の本を貸し出す企画をしている」という情報をいただき、実際に見てみようと行ってきました。

大泉図書館の入口を入った正面の、普段はテーマ展示などをしているコーナーでしょうか、そこに同じ包装紙でくるまれた本が並んでおり、展示コーナーの上には<年初め「はじめの一行。」展>と掲げられています。それぞれの袋には文章を印刷した紙が貼ってあり、それが中に入っている小説のはじまりの文章で、タイトルや著者がわからぬまま、はじまりだけで選んで借りるというわけ。見ると、思わせぶりなはじまり、しょっぱなから何かが起こっているもの、全く先の想像がつかないものまで、実にさまざまです。

中身はどれも小説だそうで、はじまりの文章が印刷されている紙の色も選ぶ際のヒントになっており、青(実際には薄青緑という感じの色)が男性作家、ピンクが女性作家、緑(実際には黄緑)が海外作家だそう。また、紙の隅に小説のジャンルなどのヒントも書いてくれています。

と、あれこれ説明するより、どんな文章があるのかを挙げたほうがイメージが湧くでしょう。2016年1月7日に私が行った時点で並んでいたはじまりの文章を下に列挙していきます。

青(男性作家)
「じいちゃんがもう危ないかもしれない」現代小説
七月。夜になっても熱の残るアスファルトを歩きながら、看板を探す。現代小説
(ハートフル)
「赤ちゃん、男の子だって」妊娠七ヶ月の検診を終えた妻の道恵が帰ってくるなりそう言った日のことを、君川代二郎はよく憶えている。現代小説
(ハートフル)
高校生の頃の話をしようと思う。現代小説
(愉快)
実家に忘れてきました。何を?勇気を。サスペンス
午の刻を告げる鐘の音が響いた。通りには町人や侍、荷を満載した車が行き交っている。時代小説
塚原卜伝という人は、なにせ、「剣聖」とすら呼ばれたほどである。時代小説
「愛しているよ」テラスの椅子に腰をかけたエス氏が言った。大活字本
(ショートショート)
ピンク(女性作家)
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
と仰ったえらい猫がこの国にはいるそうだ。
現代小説
(ロードノベル)
待ち合わせはちょうど零時。携帯電話は取り上げられている。現代小説
(短編集)
「ほら、食べなさい」そう言いながら、晶子はタッパーを妊婦たちに差し出した。現代小説
(感動)
オレは今、とても後悔している。現代小説
(青春)
さびしさは鳴る。現代小説
(青春)
銀座の地下にあるバーの、ほの暗い階段を下りてゆく途中、朋絵は髪に指を通してふくらませ、スーツ下のブラウスの第三ボタンを素早くはずした。 恋愛小説
清鏡神社の神宮兄弟は先刻から、総身が闇のような気配の武士に、跡を付けられていた。時代小説
拍子木がひとつ鳴った。「今の拍子木、誰ぞが来る合図かい?」時代小説
(短編集)
ばあさんは、JR秋葉原駅を抜けて街に出た。大活字本
雪江が白沢弘道と会ったのは、大学をでて二年目の二十四歳、美術館でアルバイトをしていたときのことだった。大活字本
緑(海外作家)
お前たちの胸のうちまで、俺には手に取るようにわかっている。現代小説(家族)
メモリアル・スローン・ケタリング癌センター外来診察施設の待合室で、母とわたしがことさら気に入っていたのはモカだ。現代小説(家族)
土埃。
冷たい風。
とうとう氷雨が落ちてきた。
現代小説(異色)
ある朝、観光客に混じってすわっているトニー・ガードナーを見た。短編集
ホルカム村はカンザス州西部の小麦畑がひろがる小高い平原に位置する。事件(ノンフィクション)
昔むかし、まだピザの店やタコスのファーストフード店がなかったころのこと、ルンペルシュティルツキンという名のトロルが、人間の赤んぼうを味わってみたいと思うようになった。事件(おとぎ話集)
ヴォルテールは窓から外を眺めていた。ちょうどサン・ジェルヴェ教区教会の正面入り口が見えていた。歴史小説(愉快)
ガブチーク、それが彼の名、実在の人物だ。第一一回本屋大賞(翻訳小説部門)
右側からガツンときて、感電したかのような、思いもよらぬ鋭い痛みが走り、彼は自転車からふっ飛ぶ。ノーベル文学賞受賞作家の作品

いかがでしょう。気になる本はありましたか。海外文学のなかには第11回本屋大賞翻訳小説部門と、大ヒントを与えてくれているものもありますが、本屋大賞は部門別でない一般のほうが取り上げられることが多いので、この大ヒントでもわからない人も多いのではないでしょうか。かくいう私もわかりませんでした。

現代はあらゆる媒体で宣伝し露出を増やすことが売れる時代で、本選びもそうして流れてくる情報に左右されます。でも、こんな風にはじまりの文章だけで選べば、普段とは違う本に出会えそう。大泉図書館のこの企画の場合は、作家の種類やジャンルなどがわかるので、いつもは読まない作家・ジャンルの中から気になるはじまりのものを選ぶという楽しみ方もできます。

この「書き出しだけで本を選ぶ」という企画は、他の図書館や書店でも実施される人気の企画なのですが、実は他の図書館の同様企画(渋谷区立富ヶ谷図書館やみぼんカバー 2015)でも使われていた書き出しがありました。上の表の女性作家の最初に挙げた「吾輩は猫である。名前はまだ無い。 と仰ったえらい猫がこの国にはいるそうだ。」がそれで、誰もが知る『吾輩は猫である』の書き出しを引用するこの書き出しは、それだけインパクトがあるということなのだと思います。

§ 図書館らしい配慮が嬉しい

上で書いたように、中身をわからないようにして手掛かりだけで本を選ぶ企画は多くの図書館で実施しているのですが、大泉図書館のこの企画には他では見たことのない配慮がありました。それは、視力が落ちた人向けに文字を大きく印刷した大活字本を含んでいることで、包みにもそれがわかるようにしてくれています。

「中身を知らずに、ヒントだけで選んで借りる」という楽しみは、なんだろうというワクワク感がある一方、字が小さいと読みにくいなどの都合がある方には、中を確かめられないことがハードルになります。でも、大活字本を含めて本の福袋企画を実施すれば、そうした方も気軽に手に取ることができる。図書館は、文字を読むのに困難がある人も含めた、あらゆる人に資料を提供することが役割ですが、福袋企画に大活字本を入れていることは、その役割を大泉図書館が心に刻んで仕事をしている現れの一つだと思います。

もちろん、それほど視力に困難がない人でも、気になる本が大活字本だったら借りてみて構わないと思いますし、大活字本で読書したことがない人には、体験してみるという意味でも借りてみていいと思います。私も、読みたかった小説が図書館に大活字本版での所蔵しかなかったときに大活字本で読んだことがありますが、本の厚さが嵩張る難点がある一方、目の負担という点ではやはり読むのは楽でした。また、1ページあたりの文字数が少ない分、ページをめくる速度が速くなり、「読むのがとても速い人」気分を味わえます(笑)。

私自身は練馬区立図書館に利用登録できる在住・在勤条件ではないので、この「はじめの一行。」展から借りることはできないのですが、女性作家の現代小説(短編集)のもの、海外文学の事件(おとぎ話集)のものなどが気になっています。練馬区立図書館を利用できる方は、ぜひはじまりだけで選ぶ面白さを楽しんでください。