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やみぼんカバー 2015

―2015年10月16日から11月23日までの企画
visit:2015/11/04
§ 今年も開催、本の書き出しだけで選んで借りる「やみぼんカバー」

毎年秋は図書館が一番盛り上がる時期。図書館まつりなどのイベントを開催したり、ふだんにも増して力の入った展示をしたり、各図書館が工夫を凝らして読書を更に楽しむ企画を行っています。2015年秋、渋谷区立富ヶ谷図書館ではそうした企画として、去年に引き続き「やみぼんカバー」を実施しており、私も1冊借りてきました。

富ヶ谷図書館の「やみぼんカバー」とは何かというと、闇本、つまり中身が何なのかわからないように本をカバーでくるんであり、利用者はその状態で本を借りるというものです。とはいえ、全く中身がわからないのではなく、それぞれの本はカバーをかけられた上に、その本の書き出しが書かれた紙で封をされています。そう、タイトルも著者もわからず、本の書き出しだけで選ぶというわけです。

富ヶ谷図書館に入ると、入口入ってすぐ右の、いつもは新着図書が並んでいるラックに、本の書き出しで封をされた本が並んでいます。また、それとは別に、小説の書き出しを取り上げた本をまとめて紹介する冊子と、著名作品の書き出しを記した栞を配布しており、こちらは自由にいただけます。特に冊子の方は、小説の書き出しを取り上げている本がいろいろあることにびっくり。それくらい、書き出しは文学作品の中でも重要な要素ということなのでしょう。

その書き出しだけで本を選ぶというのは面白く、何を指しているのか謎の文章もあれば、これってあの作品では?と推測できるものもある。書き出しは作家にとっても力を入れるところだろうから、書き出しのセンスにピンと来たら、その作品全体も好みに合うかもしれません。では、どんな書き出しのものがあるか、私が行った2015年11月4日時点で出ていたやみぼんカバーの書き出しを下に列挙していきます。

空っぽの部屋。
中身の詰まった段ボール箱。
「……これどうよ。ケツメイシ」
<ムムム>は、庭先で両足をふんばって空を見上げていた。両手の指で拳銃の形をつくると、それを高く突き上げ「バーン」と小さく叫んだ。
緑色のワインボトルが、床に落ちた。
半分ほど残っていた中身が、瓶の口から波打って溢れ出す。
今年もまた秋がやって来て、私は一つ年ばとりました。八十五歳になったとです。
ドン、と、誰かの肩が当たって、リズムが崩れた。光太郎の歌声に合わせて揺らしていた体が止まり、この空間そのものからポンと押し出されてしまったような気がする。
それが始まりだとはわたしはまだ知らず、公園は三月で日曜で午後二時だった。
やき芋ォ、やき芋、ほかほかのやき芋ォ。
芙六小学校のおれたちの学年は、一学級ニ七人の四クラス編成だった。六年生の時一人いなくなり、卒業したのは一〇七人。みんな、団地に住んでいた。
砂ぼこりをまきちらして、ヤスさんの運転するオート三輪がやってくる。
道路に縁台を出して涼んでいたじいさんやばあさんたちは、あわてて縁台を軒下にひっこめる。道幅は決して狭くはない。
私は子供が嫌いです。
なのにもうすぐ父親になってしまう。
正直すごく怖い。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。―と仰ったえらい猫がこの国にはいるそうだ。
もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたとか、そういった《デーヴィッド・カッパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな。
それはまるで、独楽の芯のようにきっちりと、ど真ん中に突き刺さっている。
東京の中心に。日本の中心に。ボクらの憧れの中心に。
荒木公平の人生は―人生というのがおおげさであるならば会社人生は―、辞書に捧げられてきたと言っても過言ではない。

特に説明はありませんでしたが、推測するに全てが小説なのではないでしょうか。個人的には、最後の2つが読んだことのある本で、最後から3番目はこちらでない訳者による訳本を読んで、相性が合わずに途中で挫折したことがあるのですが、いずれも小説です。日本の人名などが出てくるものは日本の小説だと思いますが、そうでないものは日本小説なのか海外小説なのかもわからない。ここからどんな物語に発展するのか、想像が膨らみます。

§ 私が借りたやみぼんの中身は…
渋谷区立富ヶ谷図書館 やみぼんカバー2015 外観

「緑色のワインボトルが、」「芙六小学校のおれたちの学年は、」「私は子供が嫌いです。」など、気になるやみぼんは複数ありましたが、結局私が借りたのは「それが始まりだとはわたしはまだ知らず、」という書き出しのやみぼん(写真)。カバーで表紙を隠しているだけだから、本の厚みや大きさはわかるし、小口の汚れ具合から本の古さも推測できる。その辺も含めて選んでみました。

やみぼんには、栞が挟まっており、やみぼん以外の小説のタイトルと書き出しが印刷されています。私の借りたやみぼんには小池真理子さんの『』の書き出しが紹介されていました。今回の企画は、このように栞や冊子でもいろいろな小説の書き出しが紹介されていて、「書き出し」というもののインパクトを感じさせられました。

実際、特に好きな作品って、書き出しからして自分のセンスに合っている。逆に、上の書き出しで最後から3番目の小説は途中で読むのをやめたと書きましたが、確かにこの書き出しからして面倒臭そうで、好きな方には申し訳ないけど、私の好みに合わない。図書館の本は書店で売る際についている帯がついていないこともあり、未知の作家の小説を選ぶ際には勘を頼りにすることになりますが、書き出しで判断するのもいいですね。

そして、気になる中身は柴崎由香さんの『パノララ』でした。柴崎由香さんは、『寝ても覚めても』だけ読んだことがあり、それほどいいと思わず、でも芥川賞作家だし1作品で判断するのもどうかと思って、他の作品もそのうち読んでみようかと思ったままだったんです。こういうきっかけがあれば、「そのうち読む」が「今読む」になる。まさにこういうことが、この企画の良さだと思います。

また、中身を開いたときに気が付いたのですが、色紙を通して表紙が透けてみえないように、やみぼん用のカバーと本の間に白い紙を挟んでくれていました。種明かしをしないための細かい工夫が嬉しいです。

この「やみぼんカバー 2015」は、2015年10月16日から11月23日までと期間が長いので、貸出されて展示スペースが空いたら適宜補充するのではないかと思います。上に挙げた書き出しで気になるものがある方はお早めに富ヶ谷図書館へどうぞ。また、上記以外のやみぼんも出ているかもしれないので、じっくり考えてこれぞという1冊を選んでください。書き出しだけで選ぶ面白さ、ぜひ多くの人に楽しんで欲しいです。