ビブリオバトル

―2015年10月3日のイベント
visit:2015/10/03
§ 全国に広まるビブリオバトル

「ビブリオバトル」という本を使ったコミュニケーションゲームをご存知でしょうか。2007年に始まったこのゲームは全国へ広まっており、公共図書館でも開催されています。詳しいルール等はビブリオバトル公式サイトをご参照いただきたいのですが、簡単にいうと、バトラーと呼ばれる参加者が5分間で1冊の本を発表し、2~3分間他の参加者と質疑応答を行う。これをバトラーの人数分繰り返した後に、その場にいる全員で「どの本が一番読みたくなったか?」を基準に投票を行い、一番投票が多かった本をチャンプ本とするゲームです。

これが「書評コンテスト」などではなく「コミュニケーションゲーム」であることに注目していただきたいのですが、「一番読みたい」という基準には「客観的な評価」ではなく「主観的な好み」が現れる。だから、「どんな本を紹介するか」「どの本に投票するか」を通じて、その人がどんなことに興味があり、どんなことを考えているかが垣間見える。ビブリオバトルは「人を通して本を知る.本を通して人を知る」をキャッチコピーにしているのですが、まさにそんなコミュニケーションゲームなのです。

そのビブリオバトルが2015年10月3日に足立区立新田コミュニティ図書館で開催されました。行ってみたら新田図書館が入っている新田地域学習センター全体が華々しい飾り付けに溢れていて、後で知ったのですが、この翌日にセンターで活動しているサークルが成果を披露する「新田ふれあいまつり」が開催する予定で、その華々しい飾り付けのなかビブリオバトルも行われました。

§ 東京未来大学の学生さんによる団体「BookLink」との共催

今回のビブリオバトルは、足立区にある東京未来大学の学生さんによる団体「BookLink」とのコラボレーションイベントで、主催は新田図書館、司会進行はBookLinkさんというかたちで行われました。このBookLinkさんは「全国大学ビブリオバトル2015~首都決戦~」の予選会主催団体としても活動しているので、今回のビブリオバトルも、2ゲーム行ううちの第1ゲームが全国大学ビブリオバトルの予選になっており、第1ゲームでチャンプ本に選ばれた人は地区決戦に進出、更にもしその地区決戦でもチャンプ本に選ばれたら、首都決戦に進出することになります。

イベントが始まり、BookLinkのメンバーさんからルール説明があった後、さっそくゲームスタート。紹介本を先に挙げてしまうと、以下のような本が紹介されました。

第1ゲーム第2ゲーム
1人目 『めだかボックス』暁月あきら/西尾 維新 『ダルタニャン物語第3巻 我は王軍、友は叛軍』アレクサンドル・デュマ・ペール
2人目 『神の雫』オキモト・シュウ/亜樹直 『坂の上の雲』司馬遼太郎
3人目 『アルスラーン戦記』田中芳樹★『サラの鍵』タチアナ・ド ロネ
4人目★『3月のライオン』羽海野チカ 『読んでいない本について堂々と語る方法』ピエール・バイヤール
★がチャンプ本

第1ゲームは4冊の紹介本のうち、3冊が漫画本。ゲーム後にいろいろ話を聞いてみたところ、バトラーの皆さんが「開催場所が公共図書館→きっと中高生がたくさん聴きにくる→彼らが読みたくなる本は」と考えた結果のようです。残念ながら読みが外れて、今回中高生の観覧者はいなかったのですが、私の推測では図書館イベントに参加する中高生は平均より本を読むのが好きな傾向にあると思うので、もし中高生の参加があったとしても、「中高生は漫画が好きだろう」というのは短絡的な発想のように思います。こうした読みもビブリオバトルの要素の一つで、どんな本を紹介したら読みたいと思ってもらえるかを考えることが、参加者を知ることに繋がります。

発表内容は、ワインをテーマにした『神の雫』のバトラーさんが最近二十歳になったばかりで、好きな作品の世界を知るべくワインを飲む練習中だということを披露してくれたり、まだ社会に出てない存在の学生という立場とからめて、幼くしてプロ将棋の世界に入った少年が主人公の『3月のライオン』を紹介したりと、大学生らしい話に好感を持ちました。その本を読んでどう感じるのかという話に、その人の人柄や考え方があらわれる。その日初めて会って、年齢も自分と離れているのに、本の話を通じてバトラーさんの好みや性格が垣間見えるのが面白いです。

そんな若々しいビブリオバトルとは打って変わって、第2ゲームは30,40代のバトラーによる大人のビブリオバトル。1人目の紹介本からして、『三銃士』の続編で『三銃士』では20歳だったダルタニャンが40歳になっている、なのに身分は20年間副隊長のままだというのだから、大人の悲哀を感じてしまいます。私もまさにその世代で、物語の説明が他人事に思えず、この本に投票しました。

『坂の上の雲』を紹介したバトラーさんは東京未来大学の教員の方だったのですが、その立場からの読み方も面白かったです。バトラーさんは若い頃にこの本を読んで英雄譚だと感じたけど、最近になって読んだら、ある程度実績を積んだうえで自分が何をするか・何ができるかを探す物語として受け取ったそうです。このように同じ作品でも年代によって受け取り方が変わるというのは読書の面白さの一つですが、更にこのバトラーさんの場合は、教員として大学生を教える立場にある。だから、『坂の上の雲』に対しても、自分の人生を考える本であると同時に、教える大学生たちのこれからを考える本でという視点も持っていて、興味深く聞きました。

『サラの鍵』を紹介したのは私なのですが、ついこの間文京区立千石図書館で開催された豊崎由美氏講演会「炭坑のカナリアとしての読書」で紹介してもらった本がとてもよくて、これはどこかで紹介したいと思っていたところにこのビブリオバトル開催を知ったので、その勢いのまま紹介しました。フランスで第2時世界大戦中に起こったヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件に関する本なのですが、それを単なる過去の悲劇として書くのではなく、現代を生きるものの物語として書いたところが素晴らしい作品だと思います。

『読んでいない本について堂々と語る方法』を紹介したバトラーさんは、自ら「出落ち(本のタイトルこそがオチ)」とおっしゃっていましたが、いえいえ、特に大学生バトラーさんたちはかなり食いついていました。読んでいない本を語る方法を本当に身につけられたら、ビブリオバトルに使えるだけでなく、大学の課題などにも使われてしまうので、東京未来大学の教員の方から「そこに書かれている方法は、課題本を読まないで大学レポートを書いたりもできてしまうのか」という質問も出たくらい。もっとも参加者の心をざわめかせたのは、この本だったと思います。

こんなかたちで図らずも世代別に分かれた2ゲームでしたが、各バトラーが自分の人生経験や考え方にからめて本の紹介をするのが面白い。本の解説などはプロの書評家などがきちんと書いたものの方が優れているのでしょうが、ビブリオバトルはバトラーさんたちの個人的な感想が聞けるのがミソで、共感したり自分との違いを聞く中で「その本を読んでみようかな」と思える、こうした親近感こそが魅力だと思います。

§ 地域の大学生との連携イベント

こんなかたちで参加してとても楽しかったのですが、このイベントのよさは「本を使った図書館イベント」として楽しかったことだけでなく、「区内の大学の学生さんたちと区立図書館が共同してのイベント」という点にもあると思います。大学と公共図書館の関係って、住民が公共図書館を通じて大学図書館を利用できるようなかたちはいろいろな大学・自治体で実施されているのですが、住民と大学生が実際に顔を合わせるようなものは公共図書館の事業としては例が少ないです。この点では足立区立図書館と地元大学はユニークな例があって、北千住にある東京電機大学には足立区立図書館の資料を予約受取できる窓口がありますが、これも施設として設置されているだけで、住民と大学生の交流を生むものではありません。

その文脈の中で考えると、今回のビブリオバトルのように地域の大学と公共図書館が共催でイベントを行うのは、住民と大学生の距離が縮まる有意義なイベントだと思います。大学生にとってはその地域が「単に通学先がある場所」から「自分が活躍する場所」となるだろうし、住民にとっても「建物・敷地が近くにあるだけの存在」か「通っている人たちの顔が見える存在」かで大学の印象が違うはず。このイベントは、住民と大学がいい関係を築くに際して、公共図書館が橋渡しとなれる例を見せてもらった気がします。

今後もBookLinkさんと足立区立図書館の連携イベントを考えているそうなので、ふだん大学生と接する機会が少ない住民こそ、ぜひこの機会に参加して欲しいです。ちなみに、今回の第1ゲームは全国大学ビブリオバトル2015関東Eブロックの予選でしたが、その地区決戦が2015年11月22日に梅田地域学習センターで開催されます。詳しくは全国大学ビブリオバトル2015のHPの関東Eブロックのページにありますので、そちらをどうぞ。図書館と地元大学の連携がどんな風に展開していくのか、これからも楽しみにしています。