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講演会「わが町に図書館ができた!~大泉図書館はじめて物語~」

―2012年11月11日のイベント
visit:2012/11/11
§ 開館当時の職員さんによる講演会

1962年に練馬図書館が開館したことからスタートした練馬区立図書館は、2012年で50周年を迎えました。その記念行事の一環として開催された大泉図書館のイベント「わが町に図書館ができた!~大泉図書館はじめて物語~」に行ってきました。

私は一番最初に大泉図書館を訪れた2007(平成20)年12月に、ふと目について何だろうと思った浜中文庫について職員さんに訊いたことから、大泉図書館開館の際の話を聞き、ずっと関心を持っていたんです。そしてある日、練馬区立図書館公式ホームページで大泉図書館の開館当時の様子に関する講演会が開催されると知り、これは行かねばと。

講演会の講師は、開館当時大泉図書館職員だった方で、現在東京の図書館をもっとよくする会の代表でもある大澤正雄氏。講演会の構成としては、最初に開館までの様子を撮影した8ミリ上映を見て、その後に大澤氏が講演をするというかたちでした。そう、1980年に開館した大泉図書館の開館準備や開館当初の様子を大澤氏が8ミリフィルムに撮影・編集して残していたのです。まずは当時の記録を上映し、その後に講演で詳しい話を伺うことで、より深く開館当時のことがわかるイベントでした。

§ 住民の要望により設立された図書館

まずは何よりこの8ミリ映像が素晴らしい。建設前の更地状態の土地や、利用者懇談会の様子、開館準備の慌ただしい雰囲気、開館初日の行列、開館を祝った図書館まつりの風景など、長い期間撮ったものをまとめたとても貴重な映像で、これから建てる図書館にはぜひこうした記録を録ることをお薦めしたいくらいです。

開館準備ひとつとっても、いろんなものがデータ化されていないがゆえに必要な作業などもあり、過去の図書館業務の様子が映像で残されているという点でも価値ある映像と言えるでしょう。開館初日の様子なども、8ミリに映っていた行列はまさに長蛇の列という言葉がふさわしく、大泉図書館入口前の広いスペースでは飽き足らず、大泉学園通りの方まで伸びて行こうという勢いでした。昔の話って美化されたり誇張されたりすることもあるので、私のように穿った見方をする人間だと大賑わいと言われても差し引いて受け取っておこうと思ってしまうのですが、こうして映像で見せられたら納得。当時の熱気が伝わってきました。

また、この講演会の客席には、実際に大泉図書館建設に関わった住民の皆さんや職員さんもいらしていて、客席からは「あら懐かしい」「○○さん、若い」などの声も上がっていて、何だか同窓会みたいな雰囲気に(笑)。最後の質疑応答タイムでは、大澤氏ではなく客席の方が答える場面もあったくらい、当時のご関係者が集まっていらっしゃいました。大泉地域の住民ではない私にも、この方はさっき8ミリに映っていたあの方だとわかった人もいたりして、面白い体験でした。

大澤氏の講演をもとに大泉図書館の設立の経緯を説明しますと、練馬区で最初に開設された図書館が練馬図書館、2番目に開設されたのが石神井図書館。大泉図書館が開設される以前は、その石神井図書館の移動図書館が大泉地域にも来ていたのだそうです。ただ、やっぱり移動図書館だけではニーズに充分応えているとはいえず、加えて住民の要望によって平和台図書館が練馬区3番目の図書館として開設されたこともあり、西大泉にも図書館が欲しいという声があがって、1974年6月に「大泉方面図書館設立について」という請願が区議会に提出、その甲斐あって区内4番目の図書館として大泉図書館が設立される運びとなりました。

そしてびっくりしたのが、図書館建設までに行った住民と行政の懇談会の数。その数なんと18回だったそうです。冒頭の8ミリ映像の様子から察するに、建設現場へも住民が足を運んだようで、回数だけでなくその内容も住民の関わる度合いが深かったようです。大澤氏によると、大泉地域はもともと文庫活動(有志の方々による本の貸出や読み聞かせなどの図書館的な活動)が盛んな地域だったそうで、それがこの数字にも表れていますね。

開館準備の話の中で頭が下がったのが、職員さんが図書館開設のチラシを自ら各戸に配布したという話。8ミリにもその様子が残っていました。これは、図書館開設を地域住民に知らせるだけでなく、職員さんが大泉図書館を使う利用者が住む地域を知るという意味もあったのだそうです。どこに学校があるか、その地域の様子はどうかなどを、自分の足で回ることで体感したんですね。素晴らしい!

これについては、今の図書館運営についても同じことがいえるように思います。図書館で働きたいということで就職した人は、必ずしもその地域に住む人とは限らない。だから、地域のことを聞いても答えられない場合もあります。でも私が図書館巡りであちこちの図書館に行って感じるのは、通常業務の中で地域のことを調べてまとめて発信したり、地域と連携した企画を行っている図書館は、そうした活動を通じて地域に関する情報や資料が増えていくんですよね。最近は民間業者に運営を委託する図書館も増えてきましたが(この大泉図書館もそうです)、単に一般的な図書館業務を行うだけの図書館になってしまうか、その地域に必要とされる、その地域のことがわかる図書館になれるか、その違いはこんな風に図書館側が地域へ踏み出していくかどうかが大きな要因であるように思います。

そして、これまた素晴らしいことに開館告知チラシやポスターの現物が今でも残っていて、講演会場となった視聴覚室内に展示されていたんです。図書館をつくる会の中に大泉在住の絵本作家・わかやまけんさん(こぐまちゃんえほんシリーズの作家さんです)がいらっしゃったことから、わかやまさんが開館告知ポスターのデザインをしており、お母さんのお腹の袋に子どもが入っているカンガルーの親子がそれぞれ本を読んでいる可愛いイラスト。開館告知チラシもたぶんわかやまさんがご協力していて、ここにはこんな本があるという説明つきの配架図が描かれていて、見たら行きたくなるようなチラシなんです。地域への告知にも、住民の皆さんと職員さんが協力している様子がうかがえました。

そして迎えた1980年2月1日の開館日。上にも書いたように、8ミリの映像でも大賑わいで、数字で表すと開館初日の図書の貸出冊数が4000冊、開館して3日間のレコード貸出が600枚だったそうです。ちなみに、2011年の大泉図書館の数字を挙げると、2011年の貸出総数が639,102冊、開館日が315日なので、平均して1日2000冊の貸出を行っています。単純に計算しても現在の日常の貸出の2倍、どんなに待たれていた図書館だったかが伝わります。

この来館者の多さは、大泉図書館が大泉地域にとっての最初の図書館であるだけでなく、大泉地域にとって最初の公共施設でもあったことも大きいでしょう。当時は大泉地域には区民館などもなかったそうで、大泉図書館は単に本が読める場所として期待されていただけでなく、人が集まる場所としても期待されていたのでしょう。開館後の図書館まつりで、練馬の伝統的な太鼓の演奏などで盛り上がっている様子にもそれがうかがえます。

人が集まる場という点でなるほどと思ったのが、青少年コーナーの話。大泉図書館はまだ中高生向け読書コーナーなどが一般的ではなかった時期に早くも青少年コーナーを作ったそうなのですが、それにはゲームセンターなどに行きがちな10代の人たちを図書館に取り込みたいという思いがあったからなのだそうです。確かに、練馬区立図書館は今でも漫画の所蔵が多く、熱心に読みふけっている子どもも多く見かけるのですが、それにはこうした考えがあったんですね。図書館という枠だけでなく、地域やそこでの生活のあり方を考えての方針というところでしょうか。図書館で漫画を所蔵するというと眉をひそめる方もいらっしゃいますが、漫画をきっかけに図書館へ頻繁に来るようになり、そこから本の面白さに気付くこともあるだろうし、読書への入口にもなると思います。

また、この講演では少し触れただけでしたが、大泉図書館開館まで準備をされていた当時の館長・浜中氏が、開館してすぐお亡くなりになって、図書館まつりを開催した2月3日が浜中氏のお葬式の日でもあったのだそうです。前の方で触れた「浜中文庫」というのは浜中氏の寄贈図書で、講演後に大澤氏から話をお伺いしたところ、浜中氏の葬儀の際にいただいたご香典で図書館に文庫を寄贈することになり、読書の世界を広げる図書をということで、外国語で書かれた絵本を購入したのだそうです。今でも大泉図書館1階の藤沢周平コーナーの右の棚に浜中文庫があるので、大泉図書館にお越しの際はぜひ手に取ってみてください。

このほか、オリジナルの書棚(最下段がキャスター付きの引き出しになっているユニークな書棚で、2008年度に図書館が全面改修されるまで使われていました)の話や、所蔵レコード(大泉地域在住でジャズ評論家の岩浪洋三氏が白盤も含む300枚レコードを寄贈してくれた)の話、返却用ブックポスト(大泉地域に5ヶ所のブックポストを設置して返しやすいようにした)の話などなど、いろいろなエピソードを聞かせていただき、地域住民の皆さんの思いと職員さんの工夫が作った図書館なんだということを強く感じました。私は浜中文庫の話などに興味があってこの講演に足を運びましたが、それは数あるドラマの一つにすぎなくて、いろいろな人の力でできた図書館なんだなあと。

そして、印象的だったのは、大澤氏の「地域の力がものごとを動かす」という言葉。大泉図書館ができる約20年前に練馬区の図書館事業がはじまっていたわけですが、図書館職員さんが上司や議会に意見を言ったり提案をしたりしてもなかなか通らない、でも地域の人の請願・陳情というかたちになると議会や役所も動いてくれやすくなったのだそうです。

これって、今でも通じることだと思うんですよね。図書館が使い勝手が悪かったり、予算が確保できなかったりする場合、それは必ずしも図書館の意思でそうしているとは限らず、図書館側も変えたいんだけどなかなかできないこともある。そのとき、図書館だけで議会や役所に掛けあうのではなく、利用者の要望というかたちになることで進むこともあると思います。

実は、私にもそうした体験があり、某図書館のお手洗いが暗かったので照明を増やしたいということを図書館から役所に行っても予算が下りなかった、それを私がこのサイトに書き、他の利用者の方が「私もこう思うし、東京図書館制覇!というサイトにも同じことが書いてある」ということを投稿して、予算が下りたと聞きました。利用者は要望を通すために図書館と対立するのではなく、協力していくことで図書館をよりよくできるのだろう、よりよくしたいと思います。

§ 知らない人達にこそ伝えたいイベント

今回の講演会は、当時図書館建設に関わった方々にとっても懐かしかったでしょうし、私のように当時を知らない人にも貴重な話が聞ける講演会でした。図書館がなかった地域に図書館を作った話を聞けて図書館のありがたさを感じることもできたし、図書館とは何かをあらためて考えさせられました。

ただ、このイベントは、講演会を聞きに来た人にとってだけでなく、図書館にとっても意義あるイベントだったと思うんです。というのも、大泉図書館は指定管理制度を使っており、練馬区が直接図書館を運営しているのではなく、民間業者に運営を委託しています。大泉図書館以外にも、このように民間に運営を委託する図書館は年々増えているのが現状です。そのように運営主体が変わった場合、業務上の必要事項は当然引き継ぎを行いますが、こうした図書館の歴史や開設・運営上のストーリーまではなかなか引き継がれないのが現状でしょう。上で、私が2007年に職員さんに浜中文庫の話を聞かせてもらったと書きましたが、私が聞いたのが指定管理制度導入以降だったら、おそらくそんな詳しい話を聞くことはできなかったと思います。

でも、果たしてそれでいいのか。新しく図書館を運営することになった職員さんが、それ以前の図書館の歴史や開館当時のことを知ることって、とても重要だと思うんですね。利用者にとっては、行政の方針で運営主体が変わろうとも、「昔から使っている大泉図書館」に変わりはないわけですから。

また、運営主体が変わると成果を出すためにそれまでにないことをすることもあると思うのですが、もし理由があって行っていたことや、いい伝統のようなものがなくなってしまったら本末転倒。そうしたことにならないためにも、新しく運営を任された職員さんがその図書館の歴史を知ることはとっても大事なことだと思うんです。そういう意味で、民間業者が運営している大泉図書館でこうしたイベントが行われたということは、素晴らしいことだと思います。

利用者にとっても職員さんにとっても、これだけ図書館が充実しているのが当たり前になっている。そんな時代にあらためて図書館が開設された頃を振り返るというのはとても意義があることで、ぜひとも他の図書館でもこうしたイベントを開催して欲しいくらい。また、「図書館のあゆみ」みたいな資料にして発行している図書館も多いので、それらを読むのもお薦めです。利用者も、新しく図書館で働くことになった人も、あらためて図書館の歴史を振り返る時間を持ちたいですね。