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文化講座5「ガイブンなんて怖くない! ~広くて深くて面白い海外文学の世界案内~」

―2013年7月20日のイベント
visit:2013/07/20
§ 外国文学に詳しい豊崎由美氏が外国文学を担当している千石図書館で行う講演

2013年7月20日、文京区立千石図書館でライター・書評家の豊崎由美氏による講演会「ガイブンなんて怖くない! ~広くて深くて面白い海外文学の世界案内~」が開催され、私も参加してきました。千石図書館での豊崎さんによる講演会は去年に続いて2回目。前回は書評がテーマでしたが、今回は外国文学をテーマに楽しい話を聞かせていただきました。

豊崎さんは小さいころから外国文学が好きで、外国文学通としても有名。そんな豊崎さんだからこのテーマというのもありましょうが、実はそれだけではなく、千石図書館も外国文学を担当している図書館なんです。文京区立図書館では、各館で担当分野というものを持っていて、いろんなジャンルの本を揃えるなか担当分野は特に力を入れて収集するような方式をとっているのですが、千石図書館の担当分野は総記(図書館・ジャーナリズム等)、映画、スポーツ、外国文学。つまり、外国文学というのは千石図書館という場所もあってこそのテーマなんです。

§ 知らない、わからない、だからこそ面白い

小さいころから自然に外国文学を読んできた豊崎さんが感じる外国文学の面白さは、知らない、わからない世界に触れることで、狭い自分の檻(考え方や視野)から外へ飛び出せることだそうです。外国には日本とは異なる習慣や文化、考え方があり、その中には理解しにくい、受け入れにくいものもあるけど、文学を通じて想像力を膨らませていくことで、自分のいる檻の外にある広い世界を見ることができる。

外国文学を読まない人は、外国という舞台や外国の登場人物のことがよくわからないから、わかりやすい日本文学のほうがいいというけど、むしろ、知らない、わからないことが面白い、自分のいる世界とは違うことが面白いのではないかという話には大きく頷いてしまいました。馴染みあるものに対する楽しさもわかるけど、未知の世界に触れることも楽しい。たとえていえば、地元の飲み屋で地元の友達と過ごす時間と知らない土地へ旅行に行く時間みたいなものでしょうか。前者も楽しいけど後者も楽しいから、ぜひ外国文学の世界へということですね。

そんな外国文学の読者は実際にはどれくらいいるのか。豊崎さんが以前外国文学の特集を担当したときに、いろいろな出版社の外国文学担当編集者達に聞いて回ったところ、多くの人が3000人程度と答えたのだそうです。あれ、そんなに少ないの?と私は思ってしまいましたが、プロが皆そう言うならそれが正しいのか。ちなみに講演会の会場でも、ジャンルを問わず月に2,3冊は外国文学を読むという人に挙手を募ったのですが、さすがにこの講演会に来るだけあって挙手率は高かったです。でも、国民全体で同じ質問をしたら同じ挙手率であるはずはないし、そうなると3000人なのか…。

実はこの講演会も、満員だった(のみならず、確か応募が多くて、予定より座席を多くして定員を増やしたと言っていたような気がする)前回に比べると参加者は控えめで、同じ場所で同じ講師をお呼びしても、テーマが外国文学になると参加者が減ってしまうという事実こそ、外国文学読者の少なさの表れであるように私には見えました。もちろん、9月下旬だった前回に比べて、今回は夏休み初日にあたる7月20日という日付だったので、夏休みイベントに客足を取られた面もあるのかもしれないけど。

が、そんな外国文学の状況なかでも読者が増えている様子があり、豊崎さんの感覚では3000人が3500人になっている気がするとのこと。そして、死ぬまでにこれを5000人にすることが豊崎さんの目標なのだそうです。この出版不況のなか、海外文学関係者は元々の読者が少ない分、妙に元気だという話も興味深い。豊崎さんの話で、「読んでいいとも!ガイブンの輪」(登場したゲストに次の回のゲストを紹介してもらうかたちの、豊崎さん×ゲストによる外国文学トークイベント)というイベントの存在を初めて知ったのですが、近いうちにぜひ行ってみたいと思います。

§ 5000人に実現するためには

では、外国文学読者を増やすにはどうしたらいいのか。例えば、外国文学が読みづらい理由として、登場人物の名前が覚えられないというのもありますね。確かに私も、似たような名前の登場人物がいると、中盤くらいまで区別できないまま読み進んでいることがあります(笑)。出版社の方でもそれを踏まえて、表紙の折り返し部分に登場人物一覧表をつけていたり、講談社文庫の海外小説では登場人物一覧表をしおりに印刷したりする。出版社がそういう工夫をもっと増やすことで、外国文学に対するハードルを下げられるのではないかというのも、豊崎さんの考えの一つとのこと。

また、読みやすくする工夫として亀山郁夫さんが『カラマーゾフの兄弟』を訳した際におこなった、登場人物の表記を統一するのもありだとの話もありました。外国では、RobertがBobになるみたいなわかりにくい短縮の仕方があったり、ロシアのように苗字と名前に加えて父称がある習慣がある。また、文学に限らずちょっとした記事でも、前に出てきた人(もの・こと)を再度書く際に違う言葉で言いかえる習慣があったりもする(私はF1ドライバーのフェルナンド・アロンソのファンなのですが、彼に関する記事で名前を挙げたあとは“he”と書けばいいところをわざわざ”the Spanish driver”と書いたりする)から、それを原文通りに訳していくと、日本の文章としては誰のことを差しているのかわかりにくくなります。それを統一して訳すと、外国らしい香りが少し減ってしまう面もあるけど、確かに日本人にとって読みやすい文章になりますね。

翻訳については、翻訳家の鴻巣友季子がおっしゃった「訳し重ね」という言葉も紹介していただきました。どの訳が正しい、この訳が間違っている、だから訳しなおすというような発想ではなく、これまでの訳に新しい訳を重ねていくという意味合いの言葉だそうです。それこそ図書館の蔵書などを活用すれば、絶版になっているものも含めた昔の翻訳と今の翻訳をともに読むことができる。そういう楽しみ方は、翻訳する必要のない現代日本文学では味わえない、外国文学ならではの楽しみですね。

また、これは私の考えですが、豊崎さんが外国文学の良さを広める場所として、ぜひこうした図書館での講演会を使って欲しいとも思います。豊崎さんが、本来なら図書館で借りるより本を買って読んで欲しい、売り上げというかたちで出版社や作家・翻訳家の仕事を支えることで、この先も本が出版される状況を作って欲しいという考えであることは重々わかっています。でも、借りて読めるというのは、それこそ高いハードルを低くする仕組みの一つ。図書館で試しに借りて読んでみたら面白くて、自分の家にも揃えたというのもよくある話なので、ぜひ豊崎さんにも外国文学の講演会をする場として、図書館を活用していだたければと思います。図書館での講演会の話が来たときに、外国文学というテーマを割り込ませてみるなど、ぜひ(笑)。

§ 豊崎さんからのお薦め本

後半では、豊崎さんからの今のお薦め外国文学を5冊紹介していただきました。『コリーニ事件』『シスターズ・ブラザーズ』『パウリーナの思い出に』『双眼鏡からの眺め』『終わりの感覚』の5冊を挙げていただきましたが、豊崎さんの「本当に面白い作品なの!」という想いが伝わってきて、どれも読みたくなりました。書評文などだと、読者に紹介する本を手にとってもらうべく凝らす工夫がややもすれば技巧的に見えてしまうかもしれないところ、こうして口頭で紹介していただけると想いがストレートに伝わってきていいですね。

実は、イベント終了後に館長さんとお話したとき、館長さんは「もうちょっと豊崎さんらしい毒も聞きたかった」とおっしゃっていたのですが(笑)、私はそれぞれの作品の良さを楽しそうに語っていた今回の豊崎さんのほうがいいなあ。こう言っちゃなんですけど豊崎さんの毒は他のあらゆるところでいくらでも聞けるんだし(笑)、豊崎さんの話を楽しんで終わるのではなく、話に出た外国文学を読もうという気になって、実際この後に新宿区立中央図書館で『終わりの感覚』を借りてきました(講演会後の時点で、文京区立図書館では5冊とも予約待ち)。

§ さて、来年の講演会は?

といったかたちで、時間にしたら1時間半、外国文学の現況から具体的なお薦め本まで聞けて、とても楽しかったです。豊崎さんは、いい意味で書評家先生といった風でなく、外国文学読者の一人として面白さを語ってくれるので、こちらの気持ちも盛り上がるんですよね。お薦め本も「いつか読もう」ではなく、「さっそく読んでみよう」という気にさせられて。

欲を言えば、千石図書館に対して、せっかく外国文学を読みたくなる講演会を開催したのだから、アンケートなどと一緒に千石図書館の外国文学の場所を示した書架配置図も一緒に配って、講演会の後に書架へ誘導する工夫をしてもよかったようにも思います。外国文学が好きで書店でよく買う人にとっても、図書館の書棚は書店とは違う本が並んでいて面白いと思いますし。図書館の費用を使って行うイベントですし、人を集められる講師を迎えての講演会を普段の図書館利用につなげる仕掛けをぜひ行ってくれればと思います。

去年に続いて、今年も開催された豊崎氏の講演会は、おそらく来年も開催されると思います。というのも、私が1階と地下の間の踊り場に掲示されている新聞の書評欄を読んでいたとき、豊崎さんがお帰りになったのですが、「では、また来年」と言う言葉を残して図書館を出ていかれたんです。また、豊崎さんのお見送りから戻った職員さん達に「面白かったです」と声を掛けたら、館長さんが既に来年のテーマに関するアイデアを話してくれたりして、図書館側も来年の開催へのやる気満々。豊崎さんのお薦め本をじっくり読みつつ、次に講演会も楽しみにしてます!