江東図書館さんぽ 東京都立江東図書館を調べる
企画展示「本だけじゃない!?江東図書館の魅力」を目当てに江東区立江東図書館へ。この展示は開催を知ったときから見に行こうと思っていたところ、先日上池袋図書館で夢の島のごみ問題に関する話を読んで俄然興味が高まっている。『東京裏23区』という本に、1965年の江東区のごみ問題、当時ごみの焼却が追いつかず生ごみのまま埋め立てが行われていた夢の島から渡って来たハエやネズミが江東区の住民を襲ったというエピソードが紹介されており、それが『東京の図書館で働いて』で読んだ「江東図書館がごみ問題の代償として建てられた」というエピソードと結びついて、なるほどそういうことだったのかと腑に落ちたのだ。
現在江東区の中心館である江東図書館は、1976年に東京都立江東図書館として建てられたものを1986年に江東区に移管したものなのだが、東京が「都」となってからの都立図書館は、多摩地域では立川図書館・青梅図書館を新しく開館したものの、特別区については1950年に中央館だった日比谷図書館以外の館を各区へ移管している。その流れのなかでどうして1976年に新しい都立図書館を特別区の南東の端っこに作ったのかと不思議に思う存在なのだ。
私は東京多摩地域で1971年に生まれて育ち、働き始めてから通勤に便利な江東区に住んでいる。だから、学校の社会科や何やらで「ごみ問題」「夢の島」のようなキーワードは知っている。が、リアルタイムで知っている出来事という感覚はなく、具体的にどのようなことがあったのかという知識は持っていなかった。なので、ごみ問題の代償に江東図書館を建ててもらったというエピソードを読んだときも、それだけではあまりピンとこなかった。そこに今回、大量のハエやネズミが食卓を襲ったエピソードが脳内に加わってやっと、その代償としての江東図書館、だけでなく、東京湾岸の埋立地が江東区より西に延びても何かと帰属が江東区になることも、そういうことだったのかと納得した。
ノンフィクションの本を読んでいるとときどきこういうことがある。あたかもA駅から気ままに歩いていたらそこが目的地ならB駅から歩いて行くような場所に辿り着き、ああこの道とこの道がこう繋がっているのかと気が付くように、ある本で読んだ過去のある事実と別の本で読んだ事実がこう繋がっているのかとわかるのだ。こんな風に脳内で別情報として保存されていたものが繋がる瞬間はとても気分が上がる。
さて、3階の展示コーナーに行ってみると、奥に並んだパネルに最近の江東区立図書館の事業概要がぶら下がっていたり、大きく引き伸ばした資料の一部を貼ってあるほかは、中央の大きな机と空間端の机に関連本が並んでいるだけの簡素な展示だ。この点は去年の同月に同様の企画「江東区立図書館の歴史」を見に来たときもそうだったので、予期していたとおり。そして、展示本の中に『都立江東図書館建設基本構想(案)』『東京都立江東図書館建設経過及び基本計画概要』といった、まさに私が読みたかった資料を発見。東京都立図書館や江東区立図書館で「都立江東図書館」で蔵書検索をして、これらの本に目をつけていたのだ。
まず『基本構想(案)』を開いたところ、本文が手書き文字を印刷したもので驚く。この案は1972年度のもの、対して、ワープロが一般に普及したのは1980年代、都のプロジェクトの「案」レベルの資料ならば手書きでもおかしくないか。この時点では、図書収蔵能力30万冊、閲覧席500席、5階建ての図書館という構想で考えられている。この当時の江東区立図書館は、深川図書館、城東図書館の2館のみ、江東区立図書館全体の蔵書数も十数万冊だった頃に、1館でその倍以上の本を収蔵できる図書館とは、大盤振る舞いというべきか、それだけこの地域が大変な思いをしたと捉えるべきか。
1976年3月発行の『基本計画概要』になると内容が少し変わり、図書収蔵能力は『構想』と同じだが、閲覧席は620席に増え、建物は4階建てと1階分低くなっている。この時点でも場所は確定しておらず、第一希望地として概ね現在の位置が示されている以外に、第二希望地として今の江東図書館の東隣にあるトピレックプラザのコーナンの裏手、現在マンションが建っている辺りが挙がっている。そちらになる可能性もあったのか。もし第二希望地になっていたとしても、閉館まで図書館で過ごし、帰りにトピレックプラザ内のイオンに寄ればお惣菜に値引きシールがついている時間帯になっていて…と図書館とともにある生活を過ごせただろう。
気になったのは『基本計画概要』の中の「登録手続き 江東区立図書館と同じブラウン方式による。共通貸出券(証)を使用する」という記述だ。『東京の図書館で~』に書かれていたエピソードで、東京都から江東区へ江東図書館を移管した際に、ブラウン式ではなかった東京都立江東図書館の貸出方式から江東区立図書館のブラウン式に変えることになり、利用者数×1人4枚の貸出券を新しく作るのが大変だったという話があったのだ。両方の資料を合わせると、東京都立江東図書館は計画の時点ではブラウン式を採用することになっていたのに、何らかの理由で実際には違う方式を取ったということになる。
その辺りのことがわかればと分厚い『東京都立江東図書館事業概要 昭和52年3月〜昭和61年9月』を最初のページから見ていく。現在の1階ティーンズコーナーが昔は喫茶室だったのか、などと思いながら目を通していると、ぐらっと来て、スマホが警報を鳴らす。ぐらっとしてから警報まで少し間があったし、揺れの様子からしても、遠くで強めの地震があった余波という感じだ。2階から「危ないので書架から離れてください」と言って回る職員の声が聞こえるが、慌ただしい様子はあまりない。この時点で閉館15分前頃だったので、利用者も少なかったのか。
そう、江東図書館は2階一般書架の中央に大きな吹き抜けがあり、2階での職員の声掛けが3階の展示コーナーまで聴こえるのだ。この開放的な造りを私は気に入っている。一般書架は北側と南側で段差があり、北側から南側を望むかたちの席は眺めが読書中の気分転換になって、遊び心あるデザインだ。しかし、江東区内でデザインの素敵な図書館といえばどうしてもモダンな深川図書館が注目されてしまう。東京図書館制覇!でももっと江東図書館のデザインをアピールしなければ。
閉館ギリギリまで頑張ったが、昭和52年3月から昭和61年9月までの合本のうち、昭和58年まで読んだところで閉館音楽の蛍の光が流れてきて、今日のところはこれで終了。ここまで読んでも貸出方式に関する記述はなかったので、事業概要にはなさそうだ。他にどんな本から探っていくか、次の手を考えながらイオンへと向かった。
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