トップ図書館訪問記図書館さんぽ記事一覧 > 篠崎図書館さんぽ記事 翻訳家たちの話を胸に書架をめぐる
トップ図書館訪問記江戸川区江戸川区立篠崎図書館 > 篠崎図書館さんぽ記事 翻訳家たちの話を胸に書架をめぐる

篠崎図書館さんぽ記事 翻訳家たちの話を胸に書架をめぐる

visit:2026/01/18

トークイベントを聴きに江戸川区立篠崎図書館へ。この日は「日本翻訳大賞スペシャルトークセッション ~翻訳家が翻訳家に聞きたいこと~」と題して、岸本佐知子・柴田元幸・斎藤真理子・西崎憲・松永美穂の翻訳家4氏と司会の古川耕氏によるトークイベントが開催されたのだ。江戸川区立図書館ウェブサイトのイベントページで見つけて、図書館の無料イベントでご活躍の翻訳家達がこんなに揃うなんてと驚いて申し込んだのだが、会場で職員さんに聞いてみたら今年に限らず毎年恒例のようなかたちで開催しているとのこと。篠崎図書館のブログ「Blogしのざ記」を遡ってみると、おそらく初回は2020年、コロナ禍で休止した後、2023年に復活してそれから毎年開催されている。いやあ知らなかった、江戸川区立図書館のイベント情報は気が向いたときにしか見ていなかったが、これからは見る頻度を上げることにしよう。

トークイベントを楽しく拝聴した後は篠崎図書館の書架へ、話の内容を反芻しつついざ向かうは翻訳に関する本がある言語学(801)の棚だ。『翻訳家列伝101』という本を見つけて開いてみると、柴田元幸氏に関する節に「翻訳界の帝王、いや、豊臣秀吉とでも言うべき人物である」とある。帝王はわかるとして何故に秀吉?と思って読み進めて行くと、創刊している雑誌「MONKEY」とざっくばらんで女性にモテる氏の人柄になぞらえたとのこと、なるほど。

その柴田氏と村上春樹の対話集『本当の翻訳の話をしよう』を開く。『風の歌を聴け』を書いたときにまず英語で書き始めたというエピソードについて訊かれた村上春樹が、当時の現代日本小説はこういうものであるという概念などに自分が縛られており、その外に出たかったのだと答えている。

それとは話がずれるが、先のトークイベントで怒ったりして感情が乱れているときでも翻訳すると心が落ち着くという話が出た。それは文学作品の翻訳というものが、単に外国語の文章を日本語に訳すだけでなく、自分の感情をとりあえずおいて翻訳する文章の世界や感情に入り込んでいくものだからそうなるらしい。だが、逆におそらくそういうものだからこそ、西崎氏からはヴァージニア・ウルフを訳していたときに自分の私生活が荒っぽくなっていた、ドイツ文学者の松永氏からはナチスに関連する文章を訳しているときには涙で翻訳が止まってしまうこともあるといった話も出た。想像するに、文学作品の翻訳というのは役者が演じる役に入り込むのに似ているところがあり、でもそれは役者のように特定の登場人物に入り込むのではなく、作品世界全体または書き手に入り込むということなのかもしれない。

それにしても、これまで私は言語学(801)の棚をそれほど注意して見ていなかったのだが、「言語」を広く捉えた分類がされていて面白い。言語を扱う翻訳に関する本だけでなく、『街の公共サインを点検する』のような画像を含む公共サイン、例えば非常口のマークやここに並べと床に描く足跡のマークなどだが、それに関する本もここにある。『本音は顔に書いてある』というボディーランゲージの本もある。なのでこうして棚にある本を見ていると「言語」の概念が広がるのだ。最近話題の『僕には鳥の言葉がわかる』は普通に考えたら鳥に関する本で、篠崎図書館でも鳥類(488)に分類されているが言語学の棚にあっても面白かもと考えが膨らむ。但しこの文章を書いている2026年1月19日時点で江戸川区立図書館の『僕には鳥の~』の予約数は221件、しばらくはこちらの利用者からあちらの利用者へと飛び回る日々が続き、棚に収まるのはまだまだ先になりそうだ。

隣列にあるエッセイ(914)の棚では、岸本氏のエッセイ『ひみつのしつもん』を手に取る。最初の運動不足が云々という文章に思わずにやり、マスクをしていると人目のあるところでも遠慮することなく本を読みながら笑うことができる。

この流れのまま、もう一つ隣の外国文学の棚へ。篠崎図書館では中国以外の東洋文学(929)をそれ以上に細分化することなくひとまとめにして著者姓名五十音順、つまりハン・ガンもオルハン・パムクも「千夜一夜物語」も同じ括りとなって五十音順に並んでいる。先日見た東大TVの「世界史を中央ユーラシアから見る」という動画で、今存在する国の枠組みをもとに中国史・モンゴル史・朝鮮史…のように考えてしまうとその境界にあるものや境界をまたぐものを見逃してしまう可能性があるという話が出たのを思い出す。この本もあの本も含む「東洋」という枠組みを本棚で感じてみる。

ハン・ガン『菜食主義者』を読み始めたら続きが気になって借りたくなるが、先程のイベントで登壇者の著作を販売していた中から斎藤真理子著『隣の国の人々と出会う』を購入したので今日はやめておく。最近は読書に割ける時間が少ないのと数を追えばいいわけではないという考えもあり、図書館に行っても書店に行ってもそこから持ち帰るのは1冊だけにしている。どれも面白そうな本の中から『隣の国の~』を選んだのは、イベントでの斎藤氏の話が面白かったことに加えて装丁が好みだったから。新書サイズより横長で新書サイズよりほんの少し低い本のサイズや表紙の質感も含めて気に入ってしまったのだ。

更に棚をいろいろ回った後、少しお腹が空いたので同じフロアにあるカフェ・アルティザンへ。篠崎図書館は、昔はカフェエリアなどが図書館の「外」の扱いで貸出していない本は持ち出せなかったのだが、今はフロア入口までが図書館の「中」扱いでカフェ入口にも図書館の蔵書で作った展示棚がある。今の展示テーマは「冷えから守る」で、お風呂の入り方、温まるレシピ、お灸などの本があるなか『マッチで旅するヨーロッパ』の表紙の可愛らしさに惹かれて手に取る。今日は『隣の国の~』も含めて装丁が可愛い本に反応している。『マッチで~』はドイツ・中欧・東欧・ロシア辺りの可愛いデザインのマッチ箱をひたすら掲載した本で、「オリーブ少女だった」で始まる著者紹介にさもありなんと納得。

バナナパンケーキを食べながら『隣の国の~』を読みトークイベントを振り返りと幸せ気分で、まだこの時間に浸っていたいが今日は日曜、明日のことを計算に入れてしまう自分を恨めしく思いつつ図書館を後にした。