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砂町図書館さんぽ 記憶は残る

visit:2025/04/30

家から一番近い江東区立砂町図書館へ。今、砂町図書館の敷地から公園・駐車場側に出て右に真っすぐ進んだ突き当りの小名木川小学校が改築工事のための取り壊しをしていてその工事現場の囲いが低く、南東の一角に至っては囲いもなく大きく開いているため、日々校舎が解体されていく様子が丸見え、砂町図書館に行くにもこちら側から行き来するとその様子が目に入ってくる。

数日前から校舎の一部について、教室は解体済み、廊下は残っているという状態で、校舎内の壁一面に絵が描かれているのがわかる。図書館でも取り壊される予定の建物の壁を使って好きにお絵描きをしようという企画をすることがあり、たぶん小名木川小学校でもそれをしたのだろうとネット検索してみたら、在校生だけでなく卒業生や保護者も参加してのラクガキ大会をしたよう。卒業生でない私でさえ学校の校舎が解体される姿は何だか切なくなると思っていたが、最後まで楽しいイベントが行われた証を目にしているという気持ちで見ると印象が変わってくる。

砂町図書館では目当ての本を入手した後に棚をぶらぶら。少し前から図書館に行くたびに請求記号内での並び順を調べていて、ここの並べ方も確認したらこういう細かい規則もあるのかというのを発見してしまった。

砂町図書館では基本的には、請求記号が210(日本の歴史)のような分類番号のみで、図書記号(著者名頭文字や書名頭文字)は使用していない。そして、同じ請求記号内では本のサイズの昇順(文庫本→新書本→単行本…)に並んでいる。但し、910.2(日本作家研究)に限っては、対象作家名の先頭1文字カナを図書記号に使っている。例えば、夏目漱石の研究本は「910.2ナ」、村上春樹の研究本は「910.2ム」のようになる。

すると同じ頭文字の作家は同じ請求記号となり、例えば「910.2ム」の本には向田邦子や村上春樹、村岡花子の研究本がある。ここでは「910.2ム」内で本のサイズの昇順とはならず、「910.2ム」内で対象作家の五十音順、同じ対象作家のなかで本のサイズの昇順となっているのである。つまり「910.2ム」内では、向田邦子研究本が本のサイズの昇順に並び、その後に村岡花子研究本が本のサイズの昇順、村上春樹研究本が本のサイズの昇順となる。

同じ請求記号内での並べ方は、これまで調べたなかでは「本のサイズ順」か「順不同」しかなかったのだが、特定のジャンルだけ特定の並べ方をするパターンもあるのか。または、作家研究の棚だけはこういう並べ方をすることが多いのかもしれない。同じ作家がまとまっている方が本を探す人にとって便利だろうし。ふと思いついて調べ始めたのだが、思ったより深い沼にハマりそうな気配。

その流れで910.2の棚を見ていたら、「910.2ナ」という請求記号で『隆明だもの』という本があることに気付く。隆明といえば吉本隆明で「910.2ヨ」になるのではないか、それとも私が知らない人で名前が「ナ」で始まり作家研究本が出るような「隆明」氏がいるのだろうかと中を見てみたが、やはり吉本隆明に関する本だ。著者名はハルノ宵子となっており、ここにも図書記号に「ナ」が付く要素はない。これは単純に作業ミスだろうと思い、この本の分類記号がこうなっているが本当はこれが正しいのでは云々という文章を書いて、雑誌コーナーの柱そばにある「図書館への手紙」に投函。こういう、図書館職員に口頭で言ったら職員はメモするだろうということは、最初からこちらが紙に書いた方が手間が省けるだろうと思っていつもこうしている。(この文章を書いている2025年5月6日時点では「910.2ヨ」に直っている)

請求記号の沼のおかげでこの本の存在を知る、いやそれどころか、著者のハルノ宵子が吉本隆明の長女で、漫画を書いたりエッセイを書いているということも今回初めて知った。吉本隆明の娘といえば吉本ばななしか知らなかったが、こちらに関しても一時期「よしもとばなな」にしていた筆名を今また吉本ばななに戻していることを今知った。

吉本ばななといえば、昔文京区立本郷図書館で開催された「よしもとばなな」がテーマのビブリオバトルは面白かった。本郷図書館ではビブリオバトルを開催していた当初は毎回文京区ゆかりの人物をテーマにしていて、私は夏目漱石の回池波正太郎の回、それ以降のテーマが作家ではなくなった回にも行ったことがあるが、よしもとばななの回は他の回とは全然雰囲気が違ったのだ。よしもとばなな好きが集まるとこういう空間になるのかというような柔らかい雰囲気で、作家をテーマにしたイベントをすると来場する人がその作家の世界を体現するというのを目の当たりにした経験だった。

そんなふうに昔の体験を思い出しながら図書館を後にし、帰りにまた小名木川小学校の解体される様子を目にする。建物がなくなってしまっても、記憶は残る。こうして図書館さんぽ日記のような文章を書くことで、日常的で忘れてしまいそうな図書館での時間を残しておきたい。