江戸川区立中央図書館さんぽ 漢字順の記憶
本を返しに新小岩図書サービスカウンターへ、そしてせっかく新小岩に来たのだし、江戸川区立図書館の2024年度の蔵書数を調べておきたいのもあって、江戸川区立中央図書館まで歩く。ちなみに新小岩図書サービスカウンターに返した『飛ぶ教室』は読めないうちに返却期限を迎えてしまった。まあ、こういうときもある。
江戸川区立中央図書館の最寄り駅は新小岩なのだが、そこから1.4km、徒歩だと20分程度であまりアクセスのいい場所ではない。住所が「江戸川区中央」で、対面には総合文化センターがあり、江戸川区役所も近くて、確かに「江戸川区の中央」感の強いところではあるのだが。そういえば、江戸川区役所はもうしばらくしたら船堀駅そばに移転してしまうんだっけ。この辺の「江戸川区の中央」感が少し薄くなってしまいそう。
中央図書館に着き、まずは江戸川区図書館の関する資料がある3階へ。途中、2階の閲覧机が並ぶ区画の脇を通ったら席がたくさん空いていて、座席を取りやすい(=受験勉強のための利用が少ない)時期に入ったことに気付く。
3階は参考図書や行政資料といったゴツい資料が並ぶフロアで、棚も1,2階より重厚な感じだ。目当ての本を見つけた後に周囲の本にも目を向けると『小岩図書館のあゆみ』が目に入る。昔は館長のための公舎と図書館が繋がっていて初代館長は7年住んでいたというエピソードなどあり、面白い。今や区内に文学館もある角野栄子さんは北小岩に住んでいたそう。明石家さんまや池江璃花子も小岩にゆかりがあるとは知らなかった。同様の資料で『松江図書館のあゆみ』もあり。
せっかくなので行政資料の棚を離れて参考図書の方にも足を運んでみる。文学の参考図書の前を通ったときに『島尾敏雄事典』というタイトルが目に入り、1人の作家で分厚い事典1冊を作ってしまうのかと驚いてその棚をみたら、芥川龍之介大事典、石川啄木事典、折口信夫事典、太宰治大事典、堀辰雄事典、宮沢賢治大事典、森鴎外事典、横光利一事典…と同様の事典が多数あるではないか。私がこれまで知らなかっただけでこういう世界があるということだ。
中を見てみると、作品名や関連する人などのキーワードを事典風に五十音順で並べただけのもの(小品など細かいものも網羅しているので、それだけでも分厚い事典になる)もあれば、その作家の思想が垣間見えるキーワードをいろいろ挙げて出典と解説をまとめているようなものもある。小森陽一編の『漱石辞典』は後者で、「牡蠣的」「インフルエンザ」「クレオパトラ」といったキーワードが挙げられている。ああ、そういうキーワードを扱っている本だから「事典」ではなく「辞典」なのか。「牡蠣的」、私も『吾輩は~』を読んだけどこの言葉はあまり気に留めずスルーしていた。この辞典をお供にじっくり漱石作品を読んだら、半年くらいはそれだけで楽しめそう。リタイア後に年金をもらいながら漱石の世界に浸る暮らしをしばし妄想。
それから2階の一般書架、雑誌コーナーをさっと回った後、1階の文芸エリアへ。3階で見た『松江図書館のあゆみ』冒頭の館長メッセージの中に「今の松江図書館は(中略)書架の並び方や資料の分類法を見直すことにより、以前より明るく使いやすい図書館となりました」という文があるのだが、私が知る限り、松江図書館は「小説本を著者の漢字順で並べる」という不思議な並べ方を最後から2番目まで採用していた館、そして今いる江戸川区立中央図書館が漢字順を最後まで採用していた館である。
漢字順の並べ方とは何ぞや。江戸川区立中央図書館訪問記に当時の様子を書いた文が残っていたので、それを転載したのが以下。
図書館マニアとして注目したいのは、小説の棚の並び順。世にも珍しい(?笑)「漢字分類」をしているんです。小説の棚は、まずは著者姓名の頭文字の五十音順に並んでいるのですが、同じ頭文字の中での並び順が漢字別になっています。たとえば、頭文字が「ア」の棚の見出しを挙げてみると、
「阿川弘之」 「阿刀田高」 「阿部和重」 「阿部牧郎」 「(阿)」 「安部龍太郎」 「(安)」 「愛川晶」 「(青山)」 「(青・蒼・碧)」 「赤川次郎」 「赤城毅」 「赤坂真理」 「赤瀬川」 「(赤)」 …(中略)… 「ア その他」 …
となっています。読みではなく、苗字の最初の漢字で並んでるのがわかりますよね。5つめの「(阿)」にはその前に挙げられている4人以外の“阿”で始まる名前の著者の作品が入るし、「(青山)」には青山某という名前の人が全て入ります。青山さんではない青ナントカさんは「(青・蒼・碧)」に入り、蒼ナントカさんも碧ナントカさんも一緒にここに並べられます。そうやって漢字で分類していって、どれにも入らない(=見出しを作るほどの冊数がない)頭文字アの作家の本は「ア その他」に入り、その次には頭文字イについて同様の分類がされるというわけです。
この並び順だと、作家名を音で記憶しているだけでは本の場所がわからない、例えば上の文にも苗字が「アベ」の作家が複数出てくるが、「阿部」なのか「安部」なのか漢字表記を知らないと本の場所がわからないのである。松江図書館では今の建物の1つ前の松江図書館が改築のために2006年6月30日で閉館するまでこれを採用、中央図書館は指定管理になってすぐの蔵書点検の際にこの並べ方をやめたという話を聞いた記憶があるので2012年まで採用していたということになるか。私が23区と多摩地域も少々回った限りでは、最もユニークで印象に残っている並べ方である。率直に言って探しづらい並べ方だったが、こうして振り返ってみると懐かしい。
その次にユニークと言えるのは、世田谷区の図書館で一部の棚で見られる出版年度での分類か。PC関連本など書かれている内容があっという間に古くなる可能性が高いジャンルでは、出版年での分類は助かるのだ。書店と違って図書館は新しい本も古い本も並んでいるので、こうした分類がなくても出版年には注意しないといけないところ、並べ方自体がその注意喚起にもなっている。
もし日本全国の図書館を回ったら、これを上回るユニークな並べ方に出会えるのだろうか。またはもっと広く世界に目を広げれば、言語の特性を反映した面白い並べ方があるのかもしれない。