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千石図書館ビブリオバトル ~夏目漱石編~

―2015年10月12日のイベント
visit:2015/10/12
「夏目漱石」をテーマにビブリオバトル

本の紹介をゲーム形式で行う「ビブリオバトル」をご存知でしょうか。詳しいルールは公式サイトをご覧になるとわかりますが、面白いと思った本を持って集まり、本の紹介を5分間+発表に関するディスカッション2~3分間をバトラー人数分繰り返したあと、最後に「どの本が一番読みたくなったか」を基準に参加者全員で投票してチャンプ本を決めるゲームです。図書館でもよく開催されており、私は秋(=図書館イベントが多い)の土日が都内図書館のビブリオバトル参加でほぼ埋まってしまうくらいです。

文京区千石図書館でも、過去に「文京区ゆかりの文人たち」をテーマにビブリオバトルを開催しており、このたびまた、2015年10月に「夏目漱石」をテーマにビブリオバトルが開催されました。テーマが夏目漱石というのは、漱石の作品はもちろん、漱石について書かれた本もOK。当日は5名のバトラーと、約20名の観覧者が集まって、ビブリオバトルを楽しみました。

お茶菓子とともにゲームを楽しむ、ゆったりした雰囲気

ビブリオバトルは、「バトル」といってもギスギスした雰囲気で票を集めるものではなく、「バトルゲーム」として勝負の要素を入れることで盛り上がり、参加者同士の話が盛り上がることを目的としています。これも公式サイトに説明がありますが、決して「書評コンテスト」ではなく、「コミュニケーションゲーム」なんです。本の紹介を聞くなかで自ずとその人の好みや考え方が垣間見えて、初めてお会いした人でも話が深まります。

元々そういうゲームなのですが、千石図書館では本の話を楽しめる場として参加者にリラックスしてもらえるよう、参加者全員にお茶菓子を配っていただきました。長机を2つ合わせてテーブルのようにし、職場体験で千石図書館に来ていた高校生(私の記憶では高校生ですが、もしかしたら中学生かも)がお茶菓子を配ってくれて、午後のお茶を楽しみながらビブリオバトルを楽しむかたち。雰囲気が和やかになり、バトラーとしても話しやすかったです。

バトルの様子をお伝えするのに、まずは紹介本を先に挙げましょう。

1番手 『夢十夜』
2番手 『吾輩は猫である』
3番手 『文展と芸術』
4番手 『硝子戸の中』
5番手 『漱石の孫』夏目房之介
★がチャンプ本

『夢十夜』は幻想的な夢物語10編からなる作品、『吾輩~』は言わずと知れた代表作、『文展と芸術』は文展を見に行った漱石が書いた新聞掲載の評論記事、『硝子戸の中』は随筆集。ここまでは全て漱石の作品で、最後の『漱石の孫』は実際に漱石のお孫さんである漫画評論家の夏目房之介さんの本です。1人の作家をテーマにすると、紹介されるのが似たような作品ばかりになってしまうこともあるのに、こんなにバラエティ溢れる作品群になるということが、漱石の執筆活動の幅広さを物語っているようにも思います。

このうち『夢十夜』『文展と芸術』『硝子戸の中』は、いずれも朝日新聞に掲載された作品。『文展と芸術』では、文展で見て来た作品について、ときにはかなり辛辣に批評しているそうで、発表者さんは「漱石の自由さだけでなく、ここまで(ときに辛辣に)書いたものを掲載する朝日新聞も当時は自由だった」と感じたそう。また、『硝子戸の中』は、こういっては失礼かもしれませんが、勢いだけで発表を乗り切ろうとする発表者さんの話が面白くて、終始笑いが起きる5分間。発表者さんは漱石の死の捉え方を「格好いい」とおっしゃっていて、私にはない発想だったので興味深く聴きました。

『吾輩は猫である』のディスカッションタイムでは、観覧者の1人から「私はこの作品を最近読んで、恐ろしい哲学書だと思ったが、発表者さんはどう思うか」という質問が出て、それも面白い着眼だと思い、私は発表者さんの話もさることながらむしろその質問で『吾輩~』を再読したいと思いました。その着眼について詳しく聴きたかったので、途中の休憩時間でその方にお声掛けして、ビブリオバトル後にお話したのですが、「他の作家は作品で悩みへの解決を提示しようとするところ、漱石は作品を通じて読者と一緒に悩む」ともおっしゃっていて、それも念頭に置いて再読しようと決めました。

このエピソードでもお分かりいただけると思うのですが、ビブリオバトルは発表者が一方的に話すイベントではなく、ディスカッションタイムを通じて本の話が深まったり、イベント後にも話が弾む。これが楽しいんです。質問して積極的に参加した方が断然楽しいのですが、聴くだけで質問しなかった人も投票した本の発表者に投票したと伝えれば話のきっかけになります。

チャンプ本を獲得した『漱石の孫』は私が紹介した本です。チャンプ本に選んでいただき、ありがとうございます。夏目房之介さんといえば、昔の新宿区立中央図書館で漱石生誕140年記念イベントの一つとして、房之介さんの講演会が開催されたときに聴きに行きました。文京区は漱石の旧居跡や、講師を務めた東京大学があり、作品にも多く描かれているゆかりの地ですが、新宿区も生誕の地と終焉の地がある漱石ゆかりの地。夏目漱石をテーマにしたビブリオバトルも、今回の千石図書館の回より前に、文京区立本郷図書館で開催されています(そのときの様子はこちら)。没後100年近く経ってもこうして関連イベントが開催されるような文豪の孫に生まれるということはどういうことか、という子孫ならではの気持ちと、批評家視点で見た漱石分析がからみあう本で、お薦めです。

ビブリオバトルを中心とした文学サロンのような時間

今回のビブリオバトルは、ゆったりした気分で参加者が楽しめるようお茶菓子を出していただきましたが、式次第にもそうした仕掛けがあり、ユニークなイベントでした。その一つは、ゲーム途中(2番手と3番手の発表の間)に休憩を挟んだこと。ゲームを複数行う(=ゲーム毎にチャンプ本を選ぶ)ときに、今のゲームと次のゲーム間に休憩を挟むというのはよくあるのですが、ゲーム途中で休憩を挟むのは私が参加したなかでは初めてのケースでした。その式次第を聴いたときには間延びしないかなと思ったのですが、途中で発表について誰かと話したり心の中で考える時間があることで、次々発表を聞くパターンよりもむしろ前半の発表についても記憶に残るように感じました。上で書いたように、『吾輩は~』で質問した方に私が話し掛けたのもこのゲーム途中の休憩時間です。

また、この休憩やチャンプ本が決まってから表彰状を印刷するまでに、館長さんが千石図書館や文京区に関するいろいろな話をしてくださるのも楽しかった。千石図書館の館長さんは、図書館をもっとたくさん利用して欲しい、文京区にはこんな魅力があるので図書館を通じてそれを伝えたいという思いに溢れている方で、イベントのおりにいろいろな話をしてくださるんです。

例えば、千石図書館は窓を覆うようにグリーンカーテンを育てているのですが、そこになった冬瓜を利用者の方におすそ分けしているという話とともに、館長さんが指差した窓には巨大な冬瓜が。教えていただくまで単なる背景にしか見えていなかったグリーンカーテンに立派な冬瓜がなっているのを見て、会場にはどよめきが起こっていました。その冬瓜も欲しい方がいれば(まだ残っていれば)いただけるはずですが、それは本当に大きく育ってしまっている(中程度のスイカぐらい)ので、もしこれを読んで欲しい方がいたら大荷物になることを覚悟して行ってください。

また、今回は観覧者として、化学者にして夏目漱石にも造詣が深いお茶の水大学名誉教授の立花太郎氏がいらしており、表彰状の印刷を待つ間に先生のお話をお伺いすることができました。実は、千石図書館では前から立花先生に講演をお願いしていたものの、ご高齢で長い時間話すのは難しいということで実現に至らなかったそう。今回のビブリオバトルにお誘いしたところ、バトラー参加は難しいけど観覧ならということでいらしたのを、ビブリオバトルの合間に館長さんが皆の前で「よかったら少しお話していただけませんか」とお願いして、お話いただいたかたちです。

こうして文章にしてみると、ビブリオバトルイベントというよりは、ビブリオバトルも出し物の一つにすぎない文学イベントのような時間だったように感じます。図書館って読んで借りて返してとしているだけだと利用者同士が話すことがありませんが、皆それぞれの読書体験を持っていて、それを交換し合ったらこんな楽しい場になる。またぜひこうしたイベントに参加したいです。