トップ図書館ならでは本 > 足立の昔がたり

足立の昔がたり

朱川 湊人編集・監修
§ 足立区制80周年で発行された本

2012年というのは、1932年の東京市35区成立時から続いている区にとっては区制80周年にあたる年で、それぞれの区立図書館でもそれに関連した企画がいろいろ行われています。当サイトで取り上げたなかでは、板橋区立図書館の歴史クイズラリーなども板橋区制80周年企画です。足立区でも同様にいろんな企画を開催していて、おそらくこの年に区制80周年図書館イベントを一番多く行ったのは足立区ではないかと思うくらい。その企画の一つとして発行された「足立の昔がたり」を紹介します。

この本は名前の通り足立区に語り伝えられてきた話を収録したもので、足立区教育委員会が発行した『足立百の語り伝え』などから厳選した四十話が収められています。区内を7エリアに分けて各エリアに伝わる話を5,6話収録しているので、区内のどこに住んでいる人にとっても、自分の知っている地名やお寺などが登場すると思います。

§ 不思議な言い伝えや地名の由来、歴史上の人物の出てくる故事などいろいろ

子どもに向けての昔ばなしの本として作られたものですが、大人が読んでも面白いです。お蕎麦好きの閻魔さまのはなし、お餅を食べてはいけない村のはなしのように、おはなしとして面白いものもあれば、西新井大師の由来や「竹の塚」「花畑」の地名の由来なども。

こうした昔ばなしのほかに実際にあった近代の出来事なども収録されていて、アメリカ・ワシントンの桜並木が荒川堤の五色桜を穂木にしていることは有名ですが、荒川放水路をつくるために切られたこと、更に荒川堤の五色桜を復活させようとしたけどうまくいかなかったことなどは知らない人も多いのでは。五色桜の復活については、その後もう一度挑戦して1981(昭和56)年にポトマック公園から桜の枝を採取、この枝からの苗木と荒川堤の五色桜に由来する品種を集めて、区内の学校や公園に植えたのだそうです。新田付近が煉瓦や瓦の産地だったという話なんかも面白く読みました。

また、水戸光圀、小林一茶、行基、彰義隊、源氏の武士など、歴史上の人物が足立区に寄った際のおはなしなどもいろいろと。江戸にとって郊外であり、街道が通る土地でもあったことから、行き交う人も多かったんでしょうね。

§ 足立区にゆかりのある方が製作に加わっています

この本の監修は直木賞作家の朱川湊人さん。朱川さんは小学生の頃から足立区の花畑に住んでいて、直木賞受賞当時も足立区立中央図書館に「直木賞受賞 朱川湊人(花畑在住)」と誇らしげに掲示されていた記憶があります。花畑図書館には朱川湊人コーナーもあり、花畑図書館が開設されたときに当時小学生だった朱川さんがその頃の話などを答えているインタビューを読むことができるんです。朱川さんファンならぜひ見て欲しいコーナーです。

監修という立場で実際の製作にどれほど関わっているのかわかりませんが、朱川さんと昔話という組み合わせからして既にベストマッチング。お話を読んでいても、不思議なことを不思議なまま語る様子などが朱川さんの作品を思わせて、これがいいんです。巻末の朱川さんのことばに

今、私たちが歩いている道を、何百年か前には、丸太と見まがうような大蛇が這っていたなんて、考えただけでも楽しくなりませんか。あるいは歴史上の著名人が、私たちの地元と意外な関わり方をしていたなんて、知るだけでうれしい気持ちになりませんか。

とあるのですが、まさにその通り。オチがある話や最後に謎が解けるストーリーではなく、読み終わったあとに想像が膨らんでくる不思議な言い伝えや故事などが収録されているんです。体裁としては子ども向けですが、大人も楽しめること請け合いです。

また、表紙イラストを描いたなかだえりさんは千住にアトリエを構えているクリエーターで、足立区立図書館ホームページ上部のイラストもなかださんの作品です。地域が持つ無形の財産(民話もそうだし、朱川さんやなかださんもある意味足立区の財産と言えるでしょう)を資料というかたちにして保存することも図書館の仕事であるわけで、足立区のことを足立区のひとで本にまとめたこと自体に意義があると思います。

§ 電子版では講談師や落語家による朗読も

さて、この本、紙の書籍として足立区立図書館各館で所蔵しているだけでなく、足立区立図書館ホームページから電子版を閲覧することができます(こちら)。紙に印刷されたものを読んだ人もぜひ電子版も楽しんで欲しい、というのは、電子版では「音声」ボタンをクリックすることで落語家さんや講談師さんの朗読を聴くことができるんです。これがまたよくて、願わくばページごとに「音声」ボタンを押す仕組みではなく、全ページ通しで聴き続けられる仕組みにして欲しいくらい。

足立区に住んでいる人、不思議な昔ばなしが好きな人、故事や地名の由来話に興味がある人、講談が好きな人などなど、子どもから大人まで多くの方に読んで欲しい・聴いて欲しい資料です。四十話もあるので、ボリュームもたっぷり。眼で、耳で、そして想像力を膨らませて楽しんでください。

§ この本を入口として足立区立図書館へもぜひ

さまざまなおはなし四十話でも充分楽しめますが、もし更に昔話に興味を持ったり、今の足立区のことなども知りたくなったら、ぜひ足立区立図書館へ。これに関しても、朱川さんが巻末に素敵な言葉を書いてくださっているんです。

残念なことに、ページの都合などで紹介できなかった話も、たくさんあります。ぜひ、ご自身で近くの図書館や郷土博物館に足を運んで、さらに深く足立区を知っていただければと思います。きっと知れば知るほど、足立区が好きになることでしょう。

朱川さんの作品を読んでいても他人への配慮などをとてもなさる人だろうということが伝わってきますが、この言葉にも、この本がどういう意義をもって区制80周年事業として行われたかへの理解と、それを担った人としての想いが込められていると思います。図書館愛好家の私としても嬉しい言葉ですし、区への配慮もしっかりしてくださる方なのですから、足立区は朱川さんを区の広報大使か何かに任命すべきです(笑)!

また、おはなしに登場した場所に行ってみるのもいいですよね。その場所に行ってから、図書館へ行ってもう一度そのおはなしを読み返すと、更にイメージが湧きあがるかも。その場所からどの図書館が一番近いかを調べるのは、当サイト内の足立区立図書館地図をどうぞ。

一つの本の情報だけでなく、多くの資料から情報を集められるのが図書館の魅力。こちらの本からあちらの本へ、または本から地図へと、いろんな資料を行き来して楽しんでください。