日暮里図書館さんぽ 25年前の勇敢な行動
日暮里駅東口ロータリー図書返却ポストで本を返し、せっかく日暮里まで来たのだからと日暮里図書館まで足を伸ばす。一番短いルートで行ける横断歩道を渡り逃して、日暮里繊維街寄りのルートを歩いていると、「鬼のように切れる名物糸切りばさみ」というPOPが目に入る。糸切りばさみとはいえ「鬼のように切れる」のは少し怖い、しかし細かい作業こそストレスなくやりたいものだ。気を惹く売り文句に感心する。
図書館に入ると、目の前にある展示コーナー「諏訪台中生のおすすめ本 POP展」のカラフルな飾り付けが目に入る。どんな本が勧められているかを見てみると、ハリーポッターや『ぼくらの七日間戦争』、ヨシタケシンスケの『リンゴかもしれない』、『ぐりとぐら』やウクライナ民話の『てぶくろ』などの絵本もある。POPもイラスト入りのものが多く、元気溢れる空間になっている。
その右には「クリエイターの本棚」という展示もあり、説明がついている。
クリエイターの本棚は日暮里繊維街と日暮里図書館が共催している展示コーナーです。日暮里繊維街で活躍されているクリエイターの方をおひとりずつ取り上げ、クリエイターの方が制作した作品を展示すると共に、影響を受けた関連図書などを紹介・貸出しています。
「繊維街」という名前からして、私はすっかり単に布地関連の問屋・小売店が多いだけかと思っていたが、ネット検索してみるとクリエイター作品の販売会やワークショップをする場にもなっているようだ。
11人目となる今回の展示はいまーじゅさんというクリエーターの本棚。主に木彫りの動物を作っているそうで、ここに展示されているのは手のひらサイズのトラ、サイ、豚、しろくま、鳳凰のような鳥もいる。展示本は『見てすぐ描ける動物スケッチ』『はじめての木彫りどうぶつ手習い帖』のような作品作りに直結する本に加えて、『聴診器からきこえる動物と老いとケアのはなし』のように動物の生態に関する本もある。確かに、どんなポーズをした作品にするか、作品を組み合わせてどんな空間を作るかを考えるには、生態も知る必要がありそうだ。これらの展示本にはゆいの森、尾久図書館、町屋図書館の蔵書バーコードがついているものもあり、他館の本も取り寄せてコーナーを作っているようだ。
「クリエイターの本棚」を前に右へ振り返った辺りが地域資料コーナーで、壁を使って荒川区ゆかりの著名人が沢山紹介されている。どの人も略歴のほかに著作やその人に関する書籍が紹介されており、本を出した人しか荒川区立図書館で紹介する「あらかわゆかりの人」になれないのだろうか、というつまらぬ疑問が頭に浮かぶ。しかし実際、小説家など本を出すことがメインの活動である著名人はともかく、スポーツ選手やタレントのような直接本に結びついていない人も何かしら本を出していて、こうして紹介されている。出版不況と言われて久しいが、やはり「本を出す」というのは世に出た人がやっておきたいことの一つというか、特別なことなのではないかと、希望も込めて思ってしまう。
そうして地域資料の棚を見ていると、何だか強く引かれる一画がある。『李秀賢さん あなたの勇気を忘れない』『息子よ! 韓日に架ける「命の橋」』『いのちの音 かけ橋になったスヒョン』『勇気の一瞬 線路に散った韓国人留学生がくれた感動』など、一人の韓国人留学生に関する本が並んでいる一画だ。これらの本が地域資料に並んでいるということは…と思って読んでみると、2001年に新大久保駅で線路に転落した人を救助しようとした日本人カメラマンと韓国人留学生が犠牲になってしまった事故の韓国人留学生は日暮里の日本語学校に通っていたのだそうだ。
思えばこの頃はホームドアは新幹線以外はほとんど設置されておらず、非常停止ボタンもこの事故がきっかけで普及するようになったのだから当然なかった。これらの本を読むと、新大久保駅の中でも違う位置だったら退避先があったことなどもわかり、痛ましい気持ちでいっぱいになる。
そしてこのように李秀賢氏に関する本が多い理由に、彼が自分のホームページを開設していたからというのもありそうだ。当時はSNSはまだなく、ブログサービスもまだそれほど普及していない。ネットで何か発信したい人は自分でホームページを作っていた時代で、彼はそれを作っていたのだそうだ。だから楽し気なエピソードもいろいろ紹介されていて、それが事故によって失われてしまった。命を懸けて他の人の命を助けようとするという、誰にとってもそう簡単にできることではない行動に胸を打たれる。
そこからカウンターを通り越して一般書架へ向かう。日暮里図書館は2017年10月から半年休館して改修工事をしていて、私がリニューアル後の一般書架をじっくり見るのは今日が初めてだ。以前と比べて棚と棚の間隔が広くなっているとともに、天井が高いから書棚が高くても圧迫感がない。照明が行き届くからか面白そうな本のタイトルが次々と目に入り、広い棚間は書架にいる人の移動しやすさという点だけでなく、照明の行き届きやすさという点でもメリットがあるのだと体感する。全体的に新しい書棚になっている一方で文庫本の棚は古いのも、使えるものは使い続けている感じで好感を抱く。
一般書架を見て、先月南千住図書館の書架を回ったときから気になっていたことが再燃する。日本の図書館の一般的な分類法であるNDCでは289が個人伝記の分類となっているのだが、日暮里図書館も南千住図書館も289という分類の本がないのだ。誰か1人の伝記ではない本、例えば『戦国武将100列伝』『幕末明治異能の日本人』のように何人かを取り上げた本は日本の伝記(281)にあるのだが、個人伝記はその近くの棚にはない。おそらく、一般的な分類とは別に荒川区独自の分類をしているのだろう。こういう独自性を発見すると、図書館巡りをしている者としては食指が動く。
そこで一般的に289に分類される本は荒川区では何に分類しているのかと調べたいところだが、「一般的に289に分類される本」がパッと思い浮かばず、調べられない。この次の図書館さんぽを荒川区ではないところにして、その図書館にある289の本を荒川区立図書館で検索してみればいいか。
先程1冊返した上で江東区・荒川区・渋谷区から1冊ずつ借りている状態、返却期限までに読み終えられるか怪しいので、今日は何も借りるつもりはない。はずだったのだが、図書の収集(024.9)の棚で日下三蔵が自宅の蔵書を整理した記録『断捨離血風録』とその整理に参戦した小山力也による『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』が並んでいるのを見つけて、読みたくなってくる。この2冊の表紙、前者は赤文字タイトル、後者は青文字タイトルとなっている後ろの写真が同じもので、それがまさに魔窟という様子の本の山。整理も一筋縄でいく訳がなく、期待が高まる。どちらを借りるか迷ったが、本のサイズも大きいし、整理場所の主の話から先に読むべきだろうと思って、『断捨離血風録』を借りる。
予定外の本を借りてしまったが読み切れるかと心配になりながら図書館を出て、日暮里駅に向かって右に進む。突き当たりで左へと曲がろうとして、内角の建物に「赤門会日本語学校3号館」とあるのが目に入る。さきほど本で読んだ李秀賢氏が通っていた学校は赤門会日本語学校だった。何と、こんなに近いところにあったのか。3号館とあるので他の校舎はどこかとGoogle Mapで検索してみると、日暮里図書館の北東に本校が見つかる。もし2001年当時も今と同じ場所に校舎があったなら、李氏が日暮里図書館にも来たことがあってもおかしくないと思うくらいの近さである。あらためて彼の行動に頭が下がる思いで駅へと歩いた。