尾山台図書館さんぽ 最初の記憶が刷り込まれ
ブックボックス玉川総合支所で借りた本を返しに世田谷区立尾山台図書館へ。世田谷区の図書館・カウンター・ブックポストのどこでも返せるのだが、玉川総合支所に行くのに等々力駅で降りたときに生活感ある東急大井町線沿線の雰囲気が気に入って、隣駅にある尾山台図書館まで返しに来たのだ。尾山台駅から線路と交差するように伸びる商店街・ハッピーロード尾山台の中に図書館があり、駅から図書館へと往復するだけでもこの辺の住民になったような気分になる。
尾山台図書館は尾山台地区会館との複合施設で、地下1階・1階が尾山台地区会館、2,3階が尾山台図書館となっている。1階のロビー的な空間「ふれあい広場」が妙に広かったり、2階に大きなステンドグラスがあったりして、昨今の公共施設のような効果・効率重視な匂いの少なさにこれはと思い調べてみたら1988年竣工、やはりバブル期真っただ中に開設された建物だ。『世田谷のとしょかん(世田谷区立図書館事業概要)』には、野毛2-15-19にあった「玉川図書館」がこの場所に移転するとともに「尾山台図書館」という名前になったとある。野毛2-15-19といえば現在野毛図書室があるところで、単に場所が移るのではなく、本がある空間が増えるかたちで移っているのが嬉しい。
まずは2階カウンターで返却。ブックボックス玉川総合支所は、図書館の配送車ではなくギグワーカーが1件100円(2026年7月現在)でブックボックスまで配達する仕組みを実証実験しており、本と同様に蔵書管理バーコードがついている配送用バッグに入れて貸出、本を返すときにバッグも一緒に返すことになる。対応してくれた職員に「他にもこれ(ブックボックス玉川総合支所)を使っている人は多いですか」と聞いてみると、「そうかもしれない」との返事。ブックボックス玉川総合支所にとっての最寄り図書館は尾山台図書館、最寄りブックポストは玉川総合支所ブックポストでこれを管理しているのも尾山台図書館、つまり配送用袋の返却が増えれば尾山台図書館の職員もそれを感じるだろうが、この曖昧な回答から察するにまだそれほど使われていないのだろう。
バブル期を感じる建物の造りと書いたが、一般書架の棚間や雑誌コーナーの座席の間隔も広く、内装にも余裕ある配置を感じる。特に雑誌コーナーはコロナ禍にソーシャルディスタンス確保から座席を互いに離して置いた頃の配置を今も続けている印象を受ける。この配置を続けていても一定の座席数を確保できるほど雑誌コーナーが広いことの表れだろう。他の人との距離が保たれて本の世界に入りやすいこの席で雑誌を読むことにする。
雑誌コーナーの中から「本とお茶時間の楽しみ」という特集名に惹かれて「天然生活 2025年9月号」を手に取る。今日は昼御飯を食べるのが遅くなり、その分軽めにしていて、このときまでは特に何も感じていなかったのに、特集記事を読むうちに空腹感がせりあがってきた。今が18時前、尾山台図書館は19時で閉まってしまうので、ここでお茶を飲みに外に出ようものならせっかく尾山台図書館まで来たのにほとんど中で過ごすことなく帰る羽目になる。この空腹感は食べ物で満たさずに、堪えることにしよう。
気持ちをそらすために「文具と雑貨」特集の「Oz magazine 2026年8・9月号」を開くも、冒頭に街歩きに絡んだ食べ物の写真が並んでおり、余計にお腹が空いてくる。そうだ、この雑誌はそういう雑誌だった。こちらも食べ物の写真が多い「暮らしの手帖 2026年8・9月号」に掲載されていた矢部太郎のコラム「出版社はじめました」がよく、食べ物の世界から本の世界に戻してもらった気分になる。
では一般書架をぶらつこうと雑誌コーナーを出ようとしたところで、面白いものを見つけた。図書館の雑誌ラックは、表紙を見せる向きで最新号を置ける扉があり、その扉をあけるとバックナンバーが入っている、というかたちのものが多い。そのうち昔の雑誌サイズに合わせて購入したA5判サイズの雑誌用のラックは、年々雑誌の発行が減っていて、残っているものも大きいサイズの雑誌が中心の今となっては収納できる雑誌が少なく、どこの図書館でも持て余し気味なのだ。そこで、特集コーナーとして使っていたり、扉を外してただの棚として使っていたりと、アレンジして使われることも多い。
尾山台図書館にもそのようなラックがあり、それをライトノベルコーナーにしている。人気があるライトノベルは複数巻にわたって刊行されるが、雑誌ラックを使って「シリーズのうち1巻を扉で面陳、それ以外の巻は扉を開けた中に並べる」という収納をしているのだ。元々が「最新号を扉へ、バックナンバーを扉の中へ」という収納をするためのものだから、シリーズものを入れる棚にするというのはとても理にかなっている。この使い方は初めて見たが、思いついた人の応用力を感じる。
小説・エッセイの棚で、赤松利市が亡くなったという報道を思い出す。赤松利市は最初に何かを読んで面白いと思い、次に『鯖』を読んだら終わり方が私好みではなく、それきり読んでいない。最初に読んだのが何だったか、ネットで各作品のあらすじを読んでも一向に思い出せないのだが、この機会にまた読んでみようか。尾山台図書館の棚にあるのは『犬』『あじろ』『隅田川心中』、ぱらぱらと読んでみるがこれにしようという決め手が見つからず、今日のところは見送ることにする。
確率論・統計学(417)の棚で『いちばんやさしいベイズ統計入門』が目に入り、少し前にAudibleで聴いた清原達郎『わが投資術』を思い出す。ベイズを持ち出すだけあって、いい投資先を見つけるというよりも、大きい投資利益を得る確率をあげるにはどうしたらいいかという思考法で語る話が面白かった。
そこから何となく数学全般(41)に興味を惹かれて、本棚に目を走らせる。この図書館に並ぶ数学オリンピックの過去問の中で一番新しい『数学オリンピック 2014〜2018』を手に取り、果たして今の私に解けるのだろうかと1問目を読んでみると、暗算では無理だが書いて計算すれば解けそうだ。と、ここで閉館音楽が流れてきて時計を見ると18:50。10分あれば解けるだろうとポピュラーアレンジのアベマリアを聴きながら座席に着き、解をxとした方程式を作って解きはじめる。閉館音楽に被せて職員も「もうすぐ閉館です」と言いながら館内を回りはじめた頃に方程式が解けて、回答を確かめたら無事に正解、時刻は18:59。
閉館時刻ぎりぎりまで図書館を堪能したつもりで階下へ降りようとして気が付いた。1時間半ほど過ごしたものの、ずっと2階にいて3階には一歩も上がらなかった。振り返れば20年以上前に初めて尾山台図書館に来たときも2階だけ見て全部見た気になって、家に帰ってから3階も図書館だったことに気が付いたのだ。3階は閲覧席やおはなしの部屋が中心で資料は少ないので本棚さんぽ的に過ごすなら2階だけでも充分なのだが、それを踏まえて2階で過ごしたというよりは3階のことが頭から抜け落ちており、どうも最初に訪れたときの3階スルーの体験が刷り込まれているようだ。次に来るときには3階も忘れずに行こうと脳内にメモしながら図書館を出た。