城東図書館さんぽ なぜに復活?
本を返しに江東区立城東図書館へ。ここに歩いて来るまでの間に暑さに疲れ切っていたので自動返却機に投入してすぐに帰るつもりだったが、本棚の中をちょっと歩いたら意外と気力が戻ってきてもう少し過ごすことにする。
本が好きならば本がたくさん並ぶのを見て元気になりそうなものだが、私は必ずしもそうではない。本がずらっと並ぶ様子が「私の話を聞いてくれ」と大勢に主張されているように見えて余計に疲れてしまうこともある。この違いは何だろう、今日のように肉体的な疲れを感じているときなら本はそれを忘れさせてくれるので元気になる、入ってくる情報の多さに疲れているときなどはその上更に誰かの話を聞くのはうんざりする、といったところか。
まずは日本人の伝記(289.1)の棚へ向かう。去年の初め頃から同じ分類の中での並べ方が気になって注意して観察するうちに、「同じ分類の中では本のサイズ順」としている図書館でも特定の分野に限って「その分類の中では著者名などの五十音順」とすることがあることに気が付いたのだ。この城東図書館も全体的には「同じ分類の中では本のサイズ順」なのだが、伝記の棚は別ルールを適用している可能性がある。
棚を見ると確かに伝記の対象となっている人の名前の五十音順だ。せっかくなので先頭から見ていくと、2冊目の『青島幸男とたった七人の挑戦』が目に入る。そういえば数日前にTverで配信されている「踊る大捜査線」をちらっと見たとき、織田裕二演じる主人公・青島俊作が自己紹介の際に「都知事と同じ名前の青島です」というのを聞いて、そうかこのドラマはその時期だったのかと思ったのだった。青島幸男は都知事になって都市博を中止にした以外に何かしたんだっけと本を開いてみると、199年6月30日発行、つまり都市博を中止にしたすぐ後に発行した本で、1章が都知事選立候補から都市博中止まで、2章以降で子ども時代から半生を振り返るという構成になっている。こういう構成は仕事をやり遂げた人が仕事を辞めた後に出す本でよく採られる手法、と考えるとこの時点でもう仕事を終えたくらいの気分でいたのかと白けてしまう。
ふと目線を下げると、同じ段の下から3段目には『女帝 小池百合子』が2冊並んで存在感を放っている。こちらはもろもろの疑惑も含めて小池百合子の過去に迫る内容、今はこうして棚に並んでいるが、1館で2冊を所蔵するほど一時期は予約が多かったということだろう。その先ではジョン万次郎の伝記の請求記号が「289.1 ナ」となっていて、どうして「ナ」なのかと思ったら本名は中濱萬次郎だとのこと、恥ずかしながら知らなかった。棚に3冊あるジョン万次郎の伝記の著者は全て中濱姓で、子孫が語り継いでいる様子がうかがえる。
もう一つ、こちらも著者名五十音順に並べられることの多い社会科学評論(304)の棚へ。ざっくり言うと「社会に物申す」的な本がここに分類されるので、同じ分類とはいえ内容が多岐に渡る。その中で更に内容で細かく分類するよりも、社会に物申す本を出すような人はある程度名前が知られた人で、読むほうも著者で選ぶ、だから著者名で並べるのが合理的という判断がされるのだろう。しかし実際に見てみると、城東図書館の社会科学評論は著者名に関係なく本のサイズが小さいものから大きいものへと並んでいる。ちなみに、同じようなかたちで著者名五十音順に並ぶことが多い人生訓・自己啓発本(159)については、城東図書館は著者名五十音順だ。一筋縄ではいかない奥深さがある。
その後、文庫本で面白そうなものがあれば借りようかと物色し、『マーブル館殺人事件』を借りることにする。自動貸出機で手続きした後に、図書除菌機LIVAに入れて電源オン。私がよく行く江東図書館・砂町図書館・こどもプラザ図書館の図書除菌機は和みの館なので、LIVAを使うのは久しぶりだ。
LIVAは30秒の除菌時間をカウントダウンするディスプレイに本に菌があるイラストが表示されて、カウントダウンとともにイラストの中の菌が減っていくのだが、30秒の除菌時間に対して菌が減っていくアニメーションが25秒しかなく、そこで最初に戻ってループしまうのだ。つまり、30秒間ディスプレイを見ていると、25秒かけて菌が段々減った直後に、なくなった菌が全部復活し、それが少し減ってアニメーションが終わる。この復活、要らないだろう。使うたびに、アニメーションの1コマの表示時間を調整して30秒で終わるようにするとか、ループしないようにするとか、いっそアニメーションをなくしてもいいのではとメーカーに仕様提案したくなる。
そんな風に図書館であれこれ考えているうちに何だか元気が戻ってきた、この元気で暑い屋外を乗り切ろうと図書館を後にした。