トップ図書館ならでは本 > 蘆花生誕百三十年記念講演会「芦花の偉大さ」

蘆花生誕百三十年記念講演会「芦花の偉大さ」

出久根達郎 述

蘆花生誕百三十年記念講演会「芦花の偉大さ」』は、世田谷文学館で1998年10月10日に行われた出久根達郎氏の講演会「芦花の偉大さ」を文章化した講演記録です。

世田谷区には蘆花恒春園という、徳富蘆花の住まい周辺を公園にしたところがあるんですね。それにちなんで、蘆花恒春園に近い粕谷図書館には徳富蘆花コーナーがあり、この講演記録もそこで所蔵しています。世田谷区立図書館で同じ講演記録を3冊所蔵しているのですが、3冊とも粕谷図書館の所蔵になっていますね。

この講演記録は徳富蘆花を読んだことがない人にお薦め。私自身、徳富蘆花を読んだことがないどころか、芦花公園の「芦花」が徳富蘆花のことだということさえ知らなかった状態で読んだのですが、徳富蘆花がぐっと身近になる上に、出久根達郎自身も話が上手で、もし講演会などを聞ける機会があったら聞いてみたいと思うくらい。

まず、徳富蘆花の代表作「不如帰」をつまらないとあっさり断言(笑)。読んだことなくて言うものなんですが、出久根達郎によるあらすじを読むと、確かに当時の人には共感できたかもしれませんが、現代人にはつまらないような気がする。当時の人達の共感を呼んだ作品というのは、共感のもととなる社会背景などが変わってしまえば、全然共感できない作品ということになってしまうんですね。

では、何を読めばいいかという問いに、蘆花の日記を薦めています。これは発表するつもりのなかった日記のようで、すごく赤裸々な事実が書かれているのだそうです。女中を手篭めにしようとして失敗した話だとか。かくして、徳富蘆花はつまらない作品を書いた上に、スケベオヤジという烙印を押されて講演が進んでいきます(笑)。

ここで終わっては偉大でもなんでもなくなってしまいますが、徳富蘆花が思うところを書くだけでなく、実行するタイプの人間だという話になります。野口男三郎という殺人犯に当てて送った手紙の話なんかも興味深い。

これは、野口男三郎という当時猟奇的事件を起こした男が、拘置所かどこかで一緒になった人に「自分は徳富蘆花と知り合いだ」と言われて、本当に知り合いかという手紙を徳富蘆花に出したんだそうです。そんな手紙に返事を出すのも感心してしまうけど、蘆花は返事ついでに彼を諭す文章を書くんですね。何と言うか、律儀な方ですね。

さらに、偉大な人へ昇格するエピソードとしての「謀叛論」。旧制第一高等学校(今の東京大学)で徳富蘆花が行った講演なのですが、大逆事件の後にこれを旧制第一高等学校という場所で講演したこと、そしてそれを聞いていた芥川龍之介などに与えたであろう影響などを出久根氏が述べています。

そして、その講演が一高生にどんな影響を与えたのかを考えるのと同じように、作家の評価は何を書いたかではなく、読んだ人にどんな影響を与えたのかではないかと。そこにおいて徳富蘆花は偉大である。

と、徳富蘆花自身の話はもちろん、徳富蘆花を題材に小説を読むということは何かということにまで及ぶこの講演、とても面白く読みました。たぶんこれは世田谷区立図書館でしか、いやもしかしたら世田谷文学館でも閲覧できるかもしれませんが、それ以外では読めないのではないかと思います。

世田谷区立図書館の中でも所蔵しているのは粕谷図書館のみですが、開架の徳富蘆花コーナーに置かれていて貸し出しも可能(2007/10/11現在)。小説を読む人全てにお薦めですよ。