めで鯛しおり付き福本

―2016年1月6日から用意した福本がなくなるまでの企画
visit:2016/01/06
§ 本の中の一文だけで本を選んで借りる企画

新年を迎えて開館した図書館では、お正月にちなんだ飾り付けをしていたり、顔なじみの職員さんへ今年もよろしくと挨拶する利用者さんがいたり、いつもの光景に新年ならではの姿がちら見えしたりします。なかには新年らしい企画を行っている図書館もあり、そんな企画の一つ、小金井市立図書館貫井北分室で実施されていた「めで鯛しおり付き福本」を借りに行ってきました。

どういう企画かというと、図書館からのお薦め本を1冊ごとに包装して中身がわからないようにし、本の中の文章を包装に貼っています。利用者は、タイトルや著者がわからないまま、その文章だけを手掛かりに選んで借ります。中身がわからない福袋のような企画で、30冊用意して1月6日から用意した福本が全て貸出されるまで実施しています。

小金井市立図書館は、都内の市では唯一、在住・在勤・在学を問わず誰でも利用登録できるので(区も含めると、在住・在勤・在学を問わず誰でも利用登録できる自治体は10あります)、私も図書館カードを持っています。ぜひ借りてみようと思い行ってみたところ、入った右先にある展示棚に鯛の切り絵がついた福本がずらっと並んでいます。

抜き書きされているのは本の中の短い一部なのに、鋭いことを言っているものがあったり、どう続くのか知りたいものがあったり、どんな本かという推理の可能性が大きいものもあって、どれを借りるか迷ってしまいます。実際にどんな文章がならんでいたか、2016年1月6日に私が来館した時点で並んでいたものをメモしてきたので、見てみてください。

  • 「オーイだよ」と、父が私を呼ぶ名で言ってみた。
  • 「今、何時だ?」とミズノ少尉が聞く。小田桐は、九時十三分だ、と答えてから、時計を五分進めた。
  • 最後まで… 希望を捨てちゃいかん あきらめたらそこで試合終了だよ
  • 空の青さをみつめていると私の帰るところがあるような気がする
  • あなたたちの恋愛は瀕死
  • 「だったら速攻で行けばいい」「最後を見届けるんだ」
  • 「何と。陣太鼓とは」「おそらくは供頭の曰く、古式に則った仕儀のうちでござりましょう」
  • 「人間、落ちるところへ落ちてしまっても、何かこう、この胸の中に、たよるものがほしいのだねえ」
  • うちの風呂場をこの色にしたいと思ったのを覚えている
  • 近づくと、高さ八尺ばかりの石の壁が左右に割れていて、その向こうに一本の道がみえた。
    隅なく月光に照らされて、川のようにきらきら輝いている。「銀の道」だ!
  • まもなく中学を卒業する息子がうかない顔をしている。どうしたと尋ねると目的がないんだよなあと言う。
  • 苦労してもいいじゃありませんか。苦労したり、失敗したり、後悔したり、そういうことがあるから面白いんです。いいことばかりの人生なんて、つまらないと思いませんか?
  • 最新型の、最高速度の大型ハーレー・ダヴィッドソンで、まだ真新しく、クロムの部分をのぞいて黒く塗られ、なかでもひときわ輝かしい部分は、すんなりした多岐管のそなわった排気管だった。
  • 目の前に謎は満ちている。
  • 「ぼくはずっと父さんの子どもだよ。だけど、ほんとうにそれでよかったと思ったのは、今日が初めてだ」
  • 自分の人格全体を発達させ、それが生産的な方向に向くよう、全力をあげて努力しないかぎり、人を愛そうとしてもかならず失敗する。
  • 「今朝ナポリで出来たばかりのモッツァレッラチーズをどうぞ」
  • 衣服をまとうにあたり、組み合わせる色を最大三色に抑えることが、完璧な美しさを生み出す。
  • 娘一家(および妻)からの年賀状を、表も裏も隅々まで眺めた。何度眺めても肉筆部分が一カ所もないので、国政は危うく炙りだしを試みんとするところだった。
  • トマトのぎゅうぎゅうも、ヨーグルトのぎゅうぎゅうも、お母さんの愛情のぎゅうぎゅうだと思った。
  • 千年をもろともにとおぼししかど、限りある別れぞいとくちをしきわざなりける。
  • 田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける

本の一部だけでも想像がつきそうなものもありますが、その想像が合っているのかは借りて見ないとわかりません。多くは小説のように見えますが、「苦労してもいいじゃありませんか~」や「衣服をまとうにあたり~」は、小説の地の文というよりは、エッセイや実用本のほうがしっくりする気もします。また、最後の2つは古文ですが、その通り古文で書かれた本なのか、作品のなかに古文が登場する物語なのか、どちらも可能性があるようにも思います。そうやって中身を推理しつつどれがいいか考えるのも楽しいです。

§ 実際に借りてみました
小金井市図書館貫井北分室めで鯛しおり付き福本 外観

いくつか気になる文章があって迷ったのですが、結局は「 娘一家(および妻)からの年賀状を、表も裏も隅々まで眺めた。何度眺めても肉筆部分が一カ所もないので、国政は危うく炙りだしを試みんとするところだった。」を選んでみました。ちょうど年賀状をもらったばかりですし、肉筆部分のない年賀状の淋しさというか、がっかり感がふだんに増してわかる時期だったので気になりまして。

写真をみていただくとわかりますが、包みには大きな鯛の切り絵が貼られたカードがついています。これはセロハンテープで仮留めしているだけで、取り外せばしおりとして使えます(セロハンテープを取る際に紙が剥がれないような工夫もされています)。

しおりといえば、貫井北分室では同じ2016年1月6日から、YAコーナー&若者コーナーで「おみくじしおり」配布もしています。また、常設企画として「巡る栞」というものも実施しており、これは利用者からお薦めの本を募集、それをしおりにして配布するというもの。言わば紙さえあれば作れる「栞」というものに、貫井北分室ではさまざまなアイデアを凝らしているんです。

小金井市図書館貫井北分室めで鯛しおり付き福本 中身

話が逸れましたが、福本を選んで貸出手続きをし、中身を開けてみた結果は…三浦しをんさんの『政と源』でした。しかも、この本の表紙にも鯛のイラストが入っています。この本だけでは判断できませんが、単にお薦め本を選んで福本にしてくれたのではなく、「鯛」「めでたい」「お正月」などにちなんだ本を選んでいるのかもしれません。

三浦しをんさんの作品は数冊読んだことがあるのですが、話としてうまくまとまりすぎる部分などがあまり好きではなくて、その数冊以来手をつけていませんでした。つまり、こんなきっかけがなかったら、自分からは三浦さんの作品を読もうとは思わなかった。でも、こうして気になる文章から入ると、読んでみようという気になります。小金井市図書館貫井北分室さん、こうした機会を作ってくださってありがとうございます。

小金井市図書館貫井北分室めで鯛しおり付き福本 裏側

ちなみに、小金井市立図書館は、ICタグではなくバーコードで蔵書貸出管理をしています。中身がわからないよう包んだ本をどうやって貸出するかの秘密は福本の包みの裏にあり、蔵書バーコードをコピーしたものが貼られていて、貸出の際にはこれをスキャンして手続きします(写真のバーコードにバツが入っているのは、貸出手続きをした後に、貸出したという印として職員さんがつけたもの)。

福本の貸出は1人1冊とのことですので、ご興味ある方はぜひ借りてみてはいかがでしょう。小金井市は貸出冊数制限なしで、貸出期間も3週間と長いので、予定外の本をプラス1冊借りるハードルも低いです。ピンときた文章で選ぶ楽しさをぜひ体験してください。