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知られざる外神田の偉人達

南洲齋椋鳥
§ 図書館にある、知られざるコーナー

最初にお断りしておきます。実はこれから紹介する『知られざる外神田の偉人達』は図書館の蔵書ではありません。千代田区立昌平まちかど図書館の入口脇に、外神田にゆかりのある偉人を彫刻と文章で紹介している「知られざる外神田の偉人達」コーナーがあり、彫刻の前にぶら下げられているのがこれから紹介する冊子です。図書館にかかわりのある人がその地域のことを調べて制作した、これぞまさに昌平まちかど図書館に行かないとみることができない作品です。

「知られざる外神田の偉人達」コーナーは、私も昌平まちかど図書館に行って数回目にやっと気付いたような小さなコーナーなんです。ある日、千代田区へ返却する本があったので、昌平まちかど図書館へ行きました。ここは名前に「まちかど」という言葉が入っていることから察せられるように、小さな図書館なんです。狭い館内をぐるぐる廻って、本も借りて、さあ図書館を出ようと思ったとき、出口の手前右に何やら彫刻があることに気が付きました。

彫刻の後ろの壁には志ん生についての説明がある。彫刻は着物姿の男性ではあるものの、志ん生の彫刻だとは明記されていない。彫刻の前には、同じ作者によると思われる作品が表紙になった『知られざる外神田の偉人達』という ホッチキスで簡単に製本した冊子があり、志ん生以外の人もいろいろ紹介されている。これは一体何だろうと昌平まちかど図書館の職員さんに聞いてみたところ、昔昌平小学校(昌平まちかど図書館は昌平小学校や昌平幼稚園、公民館などとの複合施設になっている)に赴任していた図工教師の方が、南洲齋椋鳥という雅号で、外神田にゆかりのある偉人を彫刻と文章で紹介しているシリーズだとのこと。今は千代田区内の別の学校に赴任していらっしゃるそうですが、引き続きシリーズを制作しているようです。

彫刻のそばで拾い読みしただけでも面白かったのですが、職員さんからお話をお伺いしてますます興味が湧き、出るはずだった図書館にまた戻って、座席の利用を申し込んでゆっくり読んでみました。

§ ≪知られざる≫偉人

冊子は文章をメインに構成されていて、彫刻は制作したうちのいくつかの写真が表紙と本文中に掲載されています。私が思うに、彫刻は偉人本人よりちょっとハンサムに制作されています(笑)。私がコーナーを見つけたときの展示内容だった志ん生も、ハンサムすぎて実は誰だかわからなかったし、冊子に掲載されていた太宰治の彫刻も、本人より鼻筋が通っているように見えます。モデルになった偉人たちは嬉しいかもしれませんね(笑)。

2012年4月12日現在で、この冊子に紹介されていた偉人たちは10人前後。このシリーズの趣旨として、「比較的知られていない偉人」または「知られているけど、外神田とのゆかりはあまり知られていない偉人」を紹介しています。

冒頭に紹介されているのは曲亭馬琴。『南総里見八犬伝』の著者で、文学史にも登場する人物ですよね。この曲亭馬琴が住んでいた場所が、現在の芳林公園、つまり昌平まちかど図書館の対面にある公園で、この地域に大変ゆかりのある人なんです。南洲齋椋鳥氏が「知られざる外神田の偉人達」というシリーズを制作しようと思ったのも、おそらく昌平小学校のこの立地が大きく影響しているんでしょうね。

その他に紹介されている人を挙げていくと、幕末から明治にかけての探検家で「北海道」「札幌」「石狩」などの地名の名付け親である松浦武四郎、オペラテノール歌手の田谷力三、儒学者の木下順庵、女優・岡田茉莉子のお父さんで無声映画スターの岡田時彦、怪奇幻想ミステリー作家の小栗虫太郎、江戸時代の情報屋・須藤由蔵、明治から昭和にかけて活躍した女性魔術師の松旭斎天勝、芳林小学校(昌平小学校の前身校の一つ)の教師でもあった芥川賞作家の長谷健など。本人は知られているけど、外神田とのゆかりがあまり知られていない人としては、樋口一葉や太宰治などが紹介されています。

文章は、外神田とのゆかりはもちろん、初めてその偉人の名前を聞いた人にもどんな人なのかわかるように、その人の人生をまとめているのですが、やはり教師の仕事で文章を書きなれていらっしゃるのか、面白いんです。例えば、江戸時代の情報屋である須藤由蔵だったら、古書屋(貸本屋)から情報屋へ変わった背景や、情報料を頑として値下げしなかったプライド、女性魔術師の松旭斎天勝だったら、美人で魔術の才能もある一方、妬みによる意地悪や、師匠からの今でいうセクハラ、自分の劇団の内部分裂など、華やかさと苦難が混在した人生が垣間見える。どれもA4用紙2ページ分の文章なのですが、コンパクトにまとめられているのに面白い。読み応え十分です。

§ まだまだシリーズは続くはず

私としては、将来的にシリーズが完結したら、ぜひ千代田区立図書館の蔵書として保管してほしい。といっても、まだシリーズが続いているようなので、まずは今後の人物を楽しみにしたいところです。冊子にも「今後の人物」として、高村光太郎や国木田治子(国木田独歩の妻)などが挙げられていました。文章だけでなく彫刻もあるから、コーナーの更新頻度ものんびりペースでしょうが、次は誰なのか楽しみです。

昌平まちかど図書館の数回目の利用で気が付いた私のように、施設をよく利用しているけどこのコーナーに気が付かなかった人もいらっしゃるのではないでしょうか。この出入口は、昌平まちかど図書館だけでなく、プールや体育館、和室、集会室などのある昌平童夢館(公民館)の出入口でもあるので、そばを通る人数は多いはず。これらの施設をご利用の皆さん、施設を出る前にちょっと右に目を向けてください。外神田の偉人の彫刻が、そっと館内の様子を見ていますよ。